（※ENo.1952さんの45日目の日記とリンクしています※）



小屋の扉を開けてすぐ。
目に飛び込んできたのは、自分と同じ位はあろうかという長身の褐色肌の青年×2であった。



「あっれ？旦那じゃナイ！よくココが分かったネー？」

「先ほどから例の術式が発動していたからだろう」

「んー？あー、あの蝶々かァ…ナルホド」

「………、ああ…。うむ」



わいのわいのと交わされるやり取りの合間、得心の声と共に相槌を打つ。
その声と口振りから、彼らの正体はすぐに知れた。
落ち着いている方がルベド。軽い口調の方が、ニグレドだと思われる。
人の姿での彼らを見るのは初めての事であったが、すんなりと理解に至った。
人ならざるものの中でも殊更、魔獣である彼らの気配は独特の印象を受ける。
何度か会う内、既にそれに馴染んでいたというのもあるのだろう。

更に朽葉を加え、和気藹々（…？）と繰り広げられる会話を黙って眺めていたその時——



「だいたいお前ｒ——へぶっ?!」

「煩ェよ…頭痛いんだから騒ぐな」



奥から飛来した物体が、湿った音を立ててニグレドの顔面を直撃した。
同時に聞こえてきた、不機嫌そうな声。
そちらを見遣れば、ベッドの上、力尽きた様に立て膝を抱え込んだ姿が目に映る。
案内してくれた朽葉に目礼すると、忍は声の主の傍らへと歩を進めた。



＊



「……どうした？」

「…………なんで俺こうも、アンタに格好悪いとこばっかり見られんの…」



賑やかな出迎えの後、突如突っ伏し頭上に枕まで乗せたカサネの様子を怪訝に思い、声を掛けた。
と、枕の下から聞こえてきた唸るようなくぐもった声に成程…と納得する。



「病ならば、致し方あるまい。格好良いも悪いもないでござろう…それに、」



それに。
忍は普段通りの表情で、特にどうという事もなさげに、その先の言葉を続けた。



「——こちらとて、世辞にも格好が良いとは言えぬ姿も見られている。気にするな」



カサネが布団に突っ伏したままの、暫しの間。
立ったままも何でしょう…どうぞ、と朽葉にベッド脇の椅子を勧められ、礼を言って腰を下ろす。
幸いな事に思ったよりも元気そうだとはいえ、病床の身に負担をかけるのは憚られる。
長居をするつもりはなかったが、己の様な体躯の者が突っ立ったままというのも（視界的にも物理的にも）邪魔であろう。



「心配かけてごめん…少し、夢身が悪かっただけなんだ…」



そう言って漸く重い溜息と共に身を起こしたその顔は、先よりも仄かに赤味を増していた。
それが羞恥のせいか、熱のせいかは分からない。
が、それよりもむしろその表情…僅かに硬質さを増した様なそれが、些か気に掛かる。
大丈夫か、と視線で問えば——



「ただの風邪だし、寝てれば治るよ」

「……来てくれて、ありがとう」



返ってきたのはそんな言葉と、そして笑顔。



「———」



だが忍相手にその言葉を額面通り受け取らせるには、どうにも無理があると言わざるを得ない。
どんなに繕い覆い隠そうとも、何よりも雄弁なその“作り笑顔”では。



「……弟を、思い出すな」

「……？弟さん…巳南さんの…？」



ぽつりと呟かれた唐突な言葉に、カサネが首を傾げた。
こちらも微かな溜息を吐くと、ひとつ頷き再び口を開く。



「拙者の弟も、たまにそういう笑い方をする。…しかも選りに選って、相当辛いだろう時に限って」



——んな事くらい屁でもねぇよ。俺の事ぁ良いからよ、自分の心配だけしてな——



そんな風に言う度見せる、子供時分と同じ様などこか悪戯めいたそれは、目の前の青年よりもずっと巧みなものではあったが。
……きっと、今もそうさせてしまっているのだろう。



（……すまない、群雲）



翳る胸の内で、密かに詫びる。
そして今、それと同じ類の笑顔を纏った青年へと、再び向き直り。



「……カサネ」



つい、と手が伸びる。
存外に形の良い指の先が、青年の頬に張り付く幾筋かの髪をそっとはらう。
視線を受け止めるのが苦手なこの青年に、普段の会話でそうする事はあまり無い。
けれど今は静かに——しかし真っ直ぐに、じっとその目を見て。



「無理をするな…とは、言うのは容易い。
だが、成さねばならぬ事があるのならば…越えねばならぬものがあるのなら、時に無理をも通す必要があろう」

「……ただ、それでも。お前を支えようという手があるならば、それは掴んでも良い。
手を伸ばす方も、そうして欲しくて伸ばしている。——頼って、良い」



ふ、と忍の顔に笑みが浮かぶ。鉢金の下、赤い隻眼が穏やかに細められ。






「……夢見のせいとて、一向に構わぬ。その為の“蝶”にござる」

（シャツに皺をつけてしまったことを咎められなかったのには安堵したものの、
頭上から微かに聞こえた、笑みを含む吐息にマフラーの下でモゴモゴと抗議の声を上げる。
柔らかな眼差しにいたたまれなくなってふいと視線を逸らした所で、
「何なら、そのまま掴んでいても」との言葉が平時と変わらない声音で耳に届き）

（途中で途切れた言葉の真意を推し量れないまま、
熱持つ頬を隠すように今一度マフラーの位置を整えて忍の視線の先へと顔を向けた。
目立つ文字で書かれた　『本日　鶏肉超特価　特売デー！！』　の張り紙に
頷く忍の後ろに続けば、恰幅の良い店主から寄越された言葉に目を瞬かせる）

（思わず忍と顔を見合わせてしまったが、店主の言葉を聞いていると、
どうやら同じ黒髪、同系統の顔立ちから判断したらしい。
そういえば、この世界の人たちは顔の堀が深い人が多いので、
自分達のような所謂“しょうゆ顔”は同じように見えるのかもしれない

そうこうする間にも、鶏は捌かれていく。
骨や筋肉の位置を熟知した職人の手による解体は、
当然ながら素早く、そして綺麗な切り口である）

（興味深く鶏が捌かれていくのを見学していたが、
そう長くはかからずに、肉は二つの包みに分けられた。
連れの忍が礼を言って代金を払う、そのやり取りで集中が切れたことに気付く）

（というか、今までは絵を描く時や、作製の時に限られていたそれが
こういう所で出てしまったことに内心焦る。
知らない内に、自分の警戒心が薄れてきているのを感じる…
確かに彼は信用に足る男だとは思うが、自身の守りを疎かにするほど
彼を頼ってしまっているということなのだろうか…？

思考に沈みかけた意識が当の忍の声によって引き戻された。
代金は後でまとめよう、との言葉に頷きを返す。
次いで寄越された、何かを思いついた様子の問いかけに
微かに首を傾げつつ、青年は再度頷いた）