※ブラック(ENo.1596)の日記の後編となりますので、先に読まれる事をお勧めします。
http://lisge.com/ikki/r/k/k1596.html#DIARY
※以下の日記はジャック一人称で進行していきます。



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女を抱きに街に繰り出したはいいものの……思惑とは裏腹に、まったくもってそんな気が起きずに終わった。
酒も浴びるほど飲んだ。肉も食った。女も侍らせた。
──が、どうにも盛り上がりに欠けた。
女の裸を目の前にして事に及ばないというのは初めてだった。始終気分が萎えていた。この俺が、だ。
思い当たる事があるとしたら、ひとつしかない。

「あーーーーー！くっそムカつく！！！こんな目に遭ってんのも全部アイツのせいだ、くっそ」

頭をガシガシと掻き、足元の石ころを蹴りながら乱暴に歩く。
そうだ、全部アイツが悪い。俺に隠し事をするアイツが悪い。
そうで無ければ俺がこんな目に遭う事もない。無駄にかき乱される事もない。
今はただただ、あの澄ました笑い顔に一発お見舞いする事だけで頭がいっぱいだ。

「…………んぁ？」

パッと周りを見回すと、まるっきり見覚えのない場所にいた。
先ほどまでいた花街に比べれば大分薄暗く、どことなく陰湿な雰囲気だ。

「チッ……めんどくせぇ、さっさとこんなとこ……──」

踵を返そうとした瞬間、目に飛び込んできた。
殴りたくて殴りたくて仕方のない顔だ。目の下の隈で余計に不健康に見える細長い影。
────ブラック。
少しばかり辺りを伺うようにして、酒場らしき店の中へと消えていった。

「……ハァーン？」

夜な夜な消えていた理由はこれか。そう思って鼻で笑い飛ばす。
暫くしてブラックは血相を変えて店から飛び出してきた。
俺は姿を見られないように身を隠し、ヤツが走り去った方向を確かめる。
少しばかりヨロヨロとした足取りの走りを見送って、俺は店へ向かって歩き始めた。




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暗がり。路地。人の気配はしない。
ただ奥で丸くなっている、一人を除いては。



「よ〜ぉ、御大将。こぉんなところで蹲ってちゃあ、邪魔で通れねぇよなぁ。なあ？」



俺の声に蹲っていた人影がゆっくりと顔を上げる。
──ひどい面だ。
口は汚れ、髪は乱れ、向けてくる視線も何やら定まっていないようだ。
思わず笑いがこみ上げてきても仕方がないザマだ。
事実、俺は笑っている。大笑いしたいのを堪えているぐらいだ。
真っ黒い“ソレ”はみすぼらしく丸まって、今の今まで吐いていた。後ろから近づく俺に気付きもせずに。
これが笑わずにいられるか。

「……具合の悪い人間には、もう少し優しくするもんだろ」

やせ我慢するように、申し訳程度に笑みを浮かべながらソレ──ブラックは声をかけてくる。
それに俺は鼻で笑って返す。上から見下ろすブラックの顔は、いつにも増して貼り付けられた胸糞悪い笑顔だ。

「ハッ、ざまあねえな。ひでぇ面して吐いてりゃ世話ねぇぜ」
「……気分が悪かったんだ、仕方ないだろ」
「だからってよぉ、くっくっく……クソみてぇに吐き散らかしてんじゃねーよ、なあ？」
「具合が悪かったって、言ってるだろしつこいな……」

顔には笑みを浮かべながらも、伝わってくるのは苛立ちだ。
さっさとここを切り上げて、無かったことにしようとでも思っているのだろう。
だが、こちとらいい加減頭に来てるんだ。そう簡単に逃すわけがない。

「──で？お前はここで何やってるわけ」

ハン、と再び鼻で笑いながら問い質す。
腰に手を当て、小首を傾げ、馬鹿にするような笑みを浮かべて問い質す。
対するブラックは一瞬、ぐっと唇を噛んだように見えた。が、すぐにお決まりの笑顔を貼り付けて答えた。

「…言ったろ？野暮用があるって。ちょっと飲み過ぎちゃってさ」
「へぇ、お前が酔いつぶれるほど酒を飲み交わしてくれる“オトモダチ”がいるとは知らなかったぜ」
「…………」

しまった、という顔を隠そうとしたのかは分からない。
ブラックは口を拭う素振りを見せながら、俺から視線を外した。

「じゃあ聞くけどな」






「ベルタってのは誰なんだよ」






瞬間。
今まで吐いて蹲っていたとは思えないスピードで、ブラックは俺の胸ぐらに掴みかかった。
その顔は言うならば“鬼気迫る表情”というヤツだ。
あまり見たことはなかったな、とぼんやり思いながら幾分か低いブラックを見下ろした。

「覗きとはいい趣味だな、育ちが知れる」
「生憎、育ちは悪いもんでね。で？俺は誰だって聞いてんだよ」
「お前には関係ないだろ！！」

あまり聞かないブラックの叫び声に、俺はきょとんとした顔を浮かべた。
ブラックは叫んだからか知らないが、白い顔のまま肩で息をしている。
が、表情は相変わらず。思い切り睨みつけてくる。
何を必死になっていきり立ってるかは知らないが、まるで八つ当たりされているようで腹が立つ。

「関係なくねーだろ。人に黙ってコソコソコソコソ。隠してねぇで言えっつーの」
「……お前には関係ない。勝手に踏み込んでくるな」
「アホくせェ意地張ってんじゃねぇよ。くっだらねぇ」
「くだらない…！？俺の何を知ってるって言うんだ！」
「知らねぇよ！だから何だって聞いてんだろうが！！バーカ！」
「うるさい！お前には関係ないって言ってるだろ！！」

盛大に舌打ちをする。俺の怒りやらムカつきは今や頂点だ。
対するブラックも苛立ちを剥き出しにして、掴みかかっている手は離さない。

「お前に…お前なんかに何が分かるって言うんだ…！」

吐き捨てるようにそう言って、ギリギリと拳に力を込めて睨みつけてくる。
俺は今度は盛大にため息をついてやる。そうしてまた舌打ちをする。
ブラックのタンセーな顔が歪もうが知ったことじゃない。
コイツが俺にムカついているように、俺もコイツにムカついている。

「話になんねぇ……」
「だったらさっさと帰れよ、俺のことは放っておいてくれよ…！」
「あーあー、そうかよひねくれ坊主。いつまでもピーピー泣いてりゃいいさ」
「何…！」
「────めんどくせぇにも、程があるぜ！」

襟を掴んで引き寄せる。
突然の事に見開かれた青い瞳を眺めながら、




身体に染み付いた動きで拳を振りかぶり、体重を乗せて一気に叩き込んだ。




そこそこに筋肉がついているとはいえ、俺からしてみれば柔らかいブラックの腹に拳をねじ込む。
感触からして、恐らく肋の一本でも折れただろう。むしろそれで済んだのだから感謝して欲しいぐらいだ。
ブラックは一度くぐもった声を漏らしたが、気を失ったのかだらりと力なく腕を垂らした。

「お前ほんとめんどくせぇよ……運ぶのはだりぃし、どこだかよく分かんねぇし」

ノびているブラックを肩に担いで、適当に目星をつけながら歩き出す。
通報なんて面倒な事にならないよう、なるべく人気なの無い道を選びながら。
思い返してみてもため息した出ないこの事態に、俺は何度もため息をついた。

“隠し事はするな、何をしていたか言え”──
俺はただそう言っただけだ。だと言うのに、コイツの反応ときたらどうだ。
やれお前には関係ないだの、やれ放っておけだの、自分勝手なことばかり。
歩み寄りってもんがない。


「俺に言われてんだぞ、くっそ。帰ったらタダじゃおかねー」


家にたどり着くまで俺は、何度も何度も舌打ちをした。
これだけ揺さぶられれば起きてもいいものを、起きない相棒を何度も担ぎ直して。
速攻でベッドに投げ飛ばしてやる。痛がろうが知ったことか。

「あー、ほんっっっと、俺ってば優しすぎてたまんねーな。土下座じゃ足りねぇっつーの」




洗いざらい吐かせてやる。

相手の反応に、ため息をつく。

「飯食わねぇの？」と問われ、一瞬動きが止まるが、そのまま立ち上がる。
合わされたグラスをちらり、と見る。

グリゴリはそのまま振り返らずに、店を出た。