「……くっそ、ふざけやがって！！！！」

ブラックが家を出てから、俺は思い切り叫ぶ。
沸き立ってくるイラつきを抑えるのは難しく、思わず壁に向かって拳を振り抜いた。
ミシリ、という音は立ったが、なんとか許容範囲といったところだろう。

「なぁにがコソコソしてねぇだ……バレバレだっつーの、それでもギャンブラーかよ！！」

悪態をつきながら椅子を蹴飛ばす。
派手な音を立てながら椅子は壁際まで吹っ飛び、転がっていった。
机も殴り飛ばしそうになったが、そこはなんとか我慢した。
頭を乱暴に掻き毟りながら、どっかりとソファに寝っ転がる。

「あー………ムカつく」

深く息を吐きながら、改めて口にする。
そう、俺はムカついている。


突然昔に戻った相棒に。
ヘラヘラとした笑みを貼り付ける相棒に。
俺に隠れて何か企んでいる相棒に。
その企みに柄にもなく必死になって、なりふり構わない相棒に。
一人だけ利口な人間だとでも言いたげに振舞う相棒に。
勝手に何かを背負い込んでそれを話さない相棒に。


詰まるところ、俺は今のブラックの全てにムカついている。
人間言いたくないことの一つや二つはあるだろう。それを無理に聞く気はない。
だが、ああもあからさまに「俺は隠し事をしてます」という態度を出すなら話は別だ。
ブラックのことだ、隠し事があるなら最後まで微塵も表には出さないだろう。
それが今はどうだ。
よく分からないものにのめり込んで、その鉄壁の鎧がガラガラと崩れてきている。

(隈は日に日にひどくなってくわ、飯は食わねぇわロクに寝てもいねぇわ……馬鹿馬鹿しい)

自分で言うのもなんだが、俺に馬鹿馬鹿しいだなんて思われるのは相当だ。
それほどまでに今のブラックはおかしいし、ムカつく。

「誘ってやったのに、なんだあの態度」

つい今しがたのやり取りを思い出して、またムカつきがこみ上げてくる。
最近知り合った女から聞き出した、稼ぎになりそうなカジノ。
確かリストには載っていなかったような気もするが、それでもカジノは良くも悪くも金が回る場所だ。
何かしら情報が掴めるかも知れない──そう思って持ちかけてはみたものの、あの態度だ。
しかもこれが何回も続いている。そう、連続で何回もだ。
これでムカつかない人間がいるなら会ってみたいと思うほどに、俺のムカつきは爆発寸前だ。
──ブラックは気づいているだろう。俺の我慢が限界に近いことを。
だとしても、きっとアイツは今更やめるつもりはないだろう。妙なところで頑固なヤツだから。

「……あああああ！くっそムカつく！やってらんねぇ！！」

ぐるぐると頭を巡るものにイライラも限界だ。
ソファから飛び起きて、転がっている椅子をもう一度蹴り上げる。
……壁が少し抉れた気がしたが、気にしない。

「こういう時ァ、パァーっと遊んで女抱くに限るぜ」

適当に身支度をし、転がる椅子はそのままにして家を出る。
陽は落ち、空は夜へと移り変わり、街も合わせて夜の顔へと変わっていく。

「……お前が勝手にすんなら、俺もそうさせてもらうぜ」

ひどい面で出て行った相棒に告げるようにして、舌打ちをする。
我慢なんてのは、正直性に合わない。
これ以上アイツの勝手に付き合うのも馬鹿馬鹿しい。俺にはなんのメリットもない事この上ない。
中途半端に開く口はこじ開けるのみだ。
相棒の“暴走”を見逃し続けるほど、俺は暇でもお人好しでもない。

「ま、ひとまず女だな。女。昨日のはイマイチだったんなー……今日はとびきり上玉いただいちまおう」

ブラックの顔が歪むほど、香水がキツい女でもいいかもしれない。
相棒へのささやかな嫌がらせを頭で巡らせながら、明かりが灯り始めた街へと足を踏み出した。

身に覚えがあるのか、冷や汗をかきながらも強気に返す

そう言って、珍しく弱気な声を出した