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★ジャック（Eno.1597）の日記からの続きです
http://lisge.com/ikki/r/k/k1597.html#DIARY

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数日後。
二人は王都を発つことに決めた。
ねぐらにしていた家を速やかに売り払い、家財なども処分して、
残った物は必要最低限の旅の道具と食料と武器と金。
これまでと変わらない、ひどく身軽なものだ。

家を手放す時はほんの少しの寂しさもあった。
元々一時凌ぎ的な目的で買ったものだったが、住めば都とはよく言ったもので、
ブラックもジャックもそれなりに愛着を持ち初めていたからだ。
が、だからと言って持ち続けていても意味はない。
格安のあばら家だったが、人が住める程度の掃除や補修を少しずつ行っていたからか、
売却時は購入時よりも若干高い値がついた。




日が昇れば人の往来が激しくなり歩きにくくなるため、夜が明け始める頃に城壁を潜り、街を出た。
（朝に弱いブラックは機嫌が悪く、また足取りは始終ふらふらしていたので、
ジャックが悪態を吐きながらその肩に担いでやる場面もあった。）
小高い丘を午前いっぱい歩き続ける。
その頂上付近まで来ると、眼下に広がる王都の街並みを一望することが出来た。

「おお、すっげーな！来いよブラック！！こうして見るとやっぱでけえ街だったんだな」

「王都なんだ、当然だろ。…ああ、あの辺が俺達の家のあった方かな」

「あんな端の方かよ。しょぼくれてんな」

暫くやいのやいのと言い合いながら見える景色を楽しんでいたが、ふとした瞬間に会話が途切れる。
沈黙の中、吹き抜ける初夏の風が草葉と共に二人の髪を軽く揺らした。

「……あーあ。結局ここじゃ負けちまったな」

「そうだな…不本意だけど、形はどうあれブラックジャックの初黒星だ。
けど、これで終わりじゃない。そのうちまた戻ってきてリベンジしてやればいいさ。
その時は嫌って程稼いで豪遊してやろうぜ」

「ったりめーだろ！カジノの金庫がすっからかんになるまでボロ勝ちしてやるぜ！」

拳を握って気炎を上げるジャックに、ブラックが「その意気だ」と声を出して笑う。
そこに負け惜しみの念はなく、ただただ二人ともすっきりした気分だった。
上手く言葉には出来ないが、この街では金や勝利よりも価値のある物を得られた、と。
何となく、互いにそう思っていたのだ。

「次は……北か」

「今まで来た道をなぞるのは止めるけど、目指す方角的には出戻りって形になる。
悪いな、俺の都合に付き合わせて」

「全くだぜ。この借りは高くつくからな、覚悟しとけよ」

「はいはい、分かってるよ」


これからの進路について話し合う際、ブラックはこんな希望を口にした。
「一度生まれた土地に戻って、そこで母を探したい。今まで南下すればする程手がかりは薄くなったし、
盲点だったけどおそらく故郷からそう離れていない場所にいるんじゃないかと思う」と。

それを受けたジャックは当初、「まだ諦めてなかったのかよ！」と目尻を吊り上げたが、
聞けばブラックは以前の言葉通り、既に母親に対して思うところは無いと言う。
ただ、これまでライフワークとしていたことを急に放り出すのは何だか癪に触るのだそうだ。
「我儘に付き合わせちゃって申し訳ないけど」と苦笑いするブラックにジャックも最終的には合意し、
結局二人は再び北方を目指すことになった。

「これから夏になるとはいえ、向こうは寒いからな。お前、いい加減その格好だと凍死するんじゃないか」

「あ？俺はてめーと違って軟弱な鍛え方はしてねーからこれでいいんだよ。
そっちこそ途中でブッ倒れたら置いてくぞ、へなちょこブラック」

「俺はお前みたいな野獣じゃないからちゃんとしたコートを買うよ」


そうして互いに軽口を叩きながら荷物を背負い直すと、ふとどちらからともなく顔を見合わせてにやりと笑う。

「……そうだ、すっかり忘れてたけど久々にいつものアレ、やっとくか？」

「そうだな。景気付けだ」

そう言って拳を突き合わせ、そのまま腕を交差させ…——

「In bocca al lupo！」

雨の気配の無い、晴れ渡った空に二人の声が響いた。




◆　◆　◆　◆　◆　◆




こうしてブラックとジャックは人知れずメルンテーゼ王都を後にした。
彼らの旅はその後も続き、始めは大陸の北方で、やがては国の至るところでその名が聞かれるようになる。
『金髪の大柄な男と黒髪の優男という若い二人組には張り合うな。さもなくば一銭残らず金を吸い尽くされる』
という噂はやがてギャンブラー達の間で広く囁かれるようになり、
彼らの常套句であった“In bocca al lupo”という不思議な言葉は、
ここ一番の勝負の時に口にすると幸運が舞い降りるまじないとして知られるようになったという。

今日も何処かの賭博場で、二人は黄金色のコインを積み上げて不敵に笑う。


「俺達は負け知らずのギャンブラーコンビ、ブラックジャックだ。
度胸がある奴はかかって来な。有り金全部賭けて勝負してやるぜ」