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★前回からの続きになります

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素っ頓狂な声を上げるジャックに「まあ座れよ」と促して、ブラックも椅子に腰掛ける。
テーブルの上には未だ手付かずの紙袋。そこから転がり落ちた林檎を何とはなしに弄びながら
どこから話そうか、とブラックは暫し逡巡した。

「まずは…そうだな。『ネクター事件』の真相について話をしよう。
ジャック、前に二人で乗り込んだ接待カジノパーティーのことは覚えてるか？」

「あー、俺とお前が女装した時のやつな。覚えてるぜ、“ブランジェリーンお姉様”」

「……そこは忘れていい」

一気に仏頂面になったブラックを見てギャハハと笑い声をあげるジャック。
あの時のブラックの女装は本当に様になっていた。男だと知っていてもちょっとグッとくる程度には。
そして脂ぎったオッサンにうっかりナニをされかかるくらいには。
（ブラックはゲイなので気にしていないと思っていたが、上に乗られる側は嫌なのだそうだ）
しかし今はそんなことを振り返っている場合ではないと思い出し、すぐに回想を引っ込める。

「パーティーの景品（プライズ）が山のようなネクターだったのは見ただろ？あれが妙だなと思ったんだ。
主催者は自分の息のかかったカジノを使って不正に金を巻き上げては、その金でネクターを買い漁っていた。
そうしてわざわざリスクを犯して集めたものをパーティーの目玉にした。何故か？
それは招待客が彼の『上得意様』で、彼らにネクターを渡せば覚えもめでたく…って事になるからだ」

「ネクターってのは金持ち連中の間で流行ってんのか？」

「当たらずしも遠からず…ってとこだな。
主催者の目的は言うなれば『ちょっと趣向を凝らしてネクターを横流しにする』って事だった。
つまり、ネクター自体を欲しがっている人物は別にいるんだ。
彼が接待しなきゃいけないような相手…要するにもっと上の人間ってことだな。
だから俺はあの場で招待客のリストを盗み出した。その中にアタマがいるだろうと踏んだんだ」

そういえばあの後ブラックは母親に似た女だかなんだかいうのに会って変になり、
単独行動をするようになったのだが、家にいるときはいつもあのリストを手にしていたように思う。
今の話からすると、あのリストを使ってネクターを収集している人物を洗い出そうとしていたのだろう。
成程とジャックは頷いた。

「暫く街で聞き込みをしたり、情報屋を雇ったりして調べてたけど……そこで分かったことがあった。
主催者はあのパーティーの場だけでなく、日常的にネクターを横流ししていたこと。
その横流し先は別の貴族で、更にそこからまた定期的にネクターが『出荷』されてたこと。
その出荷先はまた別の貴族で……って具合でさ。かき集められたネクターは様々な所を経由して、
物凄い額の金で取引されながら、どんどん地位の高い人物のところに運ばれていたんだ。信じられるか？
ネクター事件は俺達が思っていたよりもずっと根深くて、とんでもない物だったんだよ」

だから、ブラックは焦った。
彼はさっさと事件を解決してそれを区切りとし、ジャックとの縁を切るつもりでいたのに、
掘り下げれば掘り下げるほどその問題は手の届かないような所の話になった。
随分憔悴していたのはその為だ。落としどころが判らなくなってしまったのだ。

「あの時俺達はまだ知らなかったけど、色んな有力者達が血眼になってネクターを欲しがっていた。
それを上に献上して、彼らは大きな利益を得ていたんだ。
——お前もあの頃から一揆衆っていう言葉は聞いたことあっただろ？
あれもさ、このメルンテーゼのあちこちでネクターの独占があって、それに対抗する人間達の集まりなんだよ」

一揆。
そういえばエンブリオを求めてあちこち出歩いていた頃に出会った何人かの人物も
そんな言葉を言っていたな、とジャックは思い出す。
自分達は単純に殴り込みをかけるのに役立つかもしれないという理由だけでエンブリオを求めていたが、
彼らはおそらくネクターを独占する貴族勢力に対抗するための戦力としてエンブリオを集めていたのだろう。
ネクターとエンブリオ。それはこのメルンテーゼにおいて生活に欠かせない重要なツールで、
それを独占されることは即ち、生活が立ち行かなくなることを意味するからだ。
自分達とは全く違う目的で、彼らは同じ対象を標的にしていた。

ネクターを独占したい人物。
有力者や貴族達がこぞって、しかし念入りに何段階ものプロセスを踏みながら慎重にそれを貢いでいた先。
一揆の参加者達が目指していた先。

（ん、待てよ？ まさか、ネクター事件の一番の親玉ってのは……）

テーブルの上に置かれた号外新聞を見る。
——誰が、誰に討ち取られたって？

「…そう、このメルンテーゼの国王パラダイス。そしてその彼を操っていた魔神。
それが俺達の行き着く先にいた人物だったんだよ。彼らはネクターを求めていた。
その目的はちょっと、この新聞からは判らないけどな」

「マジかよ……」

確かにそんなスケールの話では手も足も出ない。ブラックが頭を抱えた理由も分かる。
ブラックとジャックは無敵のギャンブラーコンビだが、二人が無双出来るのは賭博の世界の中だけで、
国のてっぺんにいる人物とドンパチやり合うのはどう考えても無理な話だ。
思わず天を仰いで——そこでふと気付く。

「ん…？お前はその事には前から気付いてたんだろ。なら、何で俺に言わなかったんだよ」

ジャックがそう問いかけると、ブラックはその柳眉を顰めた。

「お前、俺が『ネクター事件のボスはこの国の超大物だったからもうこの件からは手を引こう』って
言ったところで素直に聞いてたか？」

「……ねぇな」

バッカじゃねーの！とか、ビビってんのかよ！とか言って、おそらく取り合おうとしなかっただろう。
それくらい荒唐無稽な話なのだ。少なくとも自分達にとっては。
特に例の『一悶着』の後にそんな話を持ち出されたら、ブラックが矢張り反省もせず自分から離れるために
苦し紛れの理由をつけてこの件を強制終了させようとしている、と疑いすらしたかもしれない。

「だから、何とかしてお前が納得する落としどころを探そうって考えてたんだ。
最近では適当に一揆衆に紛れ込んで、彼らの殴り込みに参加するのも手かなって思ってた。
彼らについていけば自ずとネクターの行き着く先は判っただろうからさ。
…けど、一揆衆の侵攻速度は想像以上だった。まさかこんなに早く国王に辿り着くとは思わなかったんだ。
しかもこの新聞によれば、その先には更に黒幕…魔神とかいう訳の解らないモノがいたっていうだろ？
流石にそれは寝耳に水だよ、俄かには信じられる話じゃないね」

本当に、本当にとんでもない話だった。
こうして全貌を聞かされてなお、到底信じがたい。
ジャックははーっと溜息を吐いて頭を振った。

「…まあ、とにかくこれで俺達のネクター事件はおしまいだ。ブチのめす相手はいなくなった。
これ以上この王都に留まる理由もない……最初の騒動でここのカジノ一帯には出入り禁止になったしな。
場末の鉄火場を巡ったっていいけど、面の割れてない地方に行ったほうがよっぽど稼げる」

もうこの王都に旨味はない。
むしろこれからは更なる混乱の極地に立たされて、ギャンブルどころではなくなるだろう。
だから此処を離れるべきだ。ブラックはそう言っている。成程、確かにその通りだろう。




だから。
ジャックは今、尋ねることにした。
ずっと内心で気にしていて、ずっと口にすることが出来なかった事を。



「——で？ お前は今、何考えてんだ。これまでの事と、これからの事と。
てめえ自身のことはどうするつもりなんだよ、ブラック」





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★ジャック（Eno.1597）の日記に続きます
http://lisge.com/ikki/r/k/k1597.html#DIARY

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