耳鳴りのするような静寂の中、焚き火が弾ける音が木霊する。
その空間を乱すように、小さな小さな、けれどもアタシには十分すぎる大きさの声がかけられる。
何しろ、アタシの耳は彼女の足取りも、彼女がぬいぐるみに話しかけていた内容も、はっきりと捉えていたのだから。

そう、彼女はフレイヤ。
アタシたち三人が寄った宿屋で働いていた女性。
物静かで、口数が少なく、いつもぬいぐるみを抱えている。
成り行きでアタシたち三人の話を聞く内に、彼女も一揆に興味を持ったらしい。

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良いですか……？ と、最後まで言い切る前にはすっかり声が萎んでいたけれども。
兎にも角にも、彼女は同行を申し出てきた。
でも、彼女は見る限り引っ込み思案で繊細で、荒事に向いているようには思えない。
そう、思えない……思えないだけ。アタシは彼女のことを何も知らない。
だから、アタシが不寝番をする夜に、彼女と一対一の話し合いがしたいと申し出た。

彼女は獣避けの焚き火を確認した途端、明らかに躊躇するように立ち止まっていた。
そして、焚き火から極力離れた場所からアタシに声をかけている。
更に、彼女はこの問いかけに対して明らかに動揺している。

何故、炎が苦手なのか。
好奇心はあったけれども、深く問うことは自重しておく。
それ以外に、聞くべきことは沢山あるのだから。

私は、淡々と一息に伝えた。
けれども、フレイヤは責められているかのように息を詰まらせる。

恐らく、彼女はアタシたちに余計な心配をかけまいとしていたのだと思う。
けれども、それは逆効果。
彼女の言を信じるとすれば、それはつまり「大きい炎だと大変なことになる」ということなのだから。

予め知っていれば、ある程度のカバーはできる。
やはり彼女との話し合いは正解だったと考えながら、アタシは思ったことを正直に伝えた。

あまり強い口調で訴えたつもりはなかったけれども、彼女は罪悪感を強く感じたらしい。
深々と頭を下げて、謝罪をしてきた。

この言葉に、フレイヤは驚いたように顔を上げる。

彼女は目を丸くして、首を傾げた。

わかりやすく言えば、アタシは「キレやすい」。
普段から淡々とした口調で話すようにしているのも、なるべく感情を抑制するため。

アタシは深々とため息をつく。
一度スイッチが入ってしまったアタシは、すぐに「終わらせて」しまう。
簡単に言えば。

ということだ。折角長い間楽しめそうなものであっても、それがとても愛おしいものであっても、大切なものであっても、壊してしまう。

この問いかけは少々意外だった。
彼女は自分に何ができるのか、真剣に考えてくれているみたい。

アタシは本来、かなり荒っぽい性格の持ち主。
このことを知った人間は、殆どが意外だと感じるらしい。
アタシが冷静に振る舞うように意識しているのだから、当然のことかもしれないけれども。

シヴに近い、と具体的に例を挙げたことで合点がいったのか、彼女は浅く頷く。

彼女は暫し考え込んだ素振りを見せた後、口を開いた。

彼女は、まず第一に他人のことを気遣う傾向が強いみたい。
これは優しさに繋がる利点であると同時に、甘さに繋がる欠点でもあると、アタシはそう考える。

大抵の人間は、それが当たり前すぎて意識していないだけ。
彼女も、きっと無意識にそうしているはず。

アタシは数km先の会話程度であれば、余裕を持って聞き分けられる。
彼女がペッピーノと呼ぶ、喋って動くぬいぐるみとの会話は、筒抜けだった。
ぬいぐるみは、アタシのことを信用ならないと言っていた。気持ちはわかる。

そのきっかけを作るために、アタシは彼女との話し合いの場を設けたのだから。

彼女は慌てた様子でぬいぐるみを後ろに隠す。
ぬいぐるみ自体は、それがどうしたといった様子で平然としていたけれども。

彼女は徐に語り出す。
自身の秘密を。自身の痛みを。自身の傷跡を。

彼女はゆっくりと言葉を選ぶ。
一言一言、慎重に拾い上げて、紡ぎ上げていく。

アタシは唇の端を吊り上げた。

アタシの表情が変わったことに何か感じるものがあったのか、彼女の声色が少し上擦る。

相変わらず、つっかえ、途切れながらの言葉だけれど。
その言葉は、まっすぐに心を乗せて紡がれたもの。

その時のアタシは、目の前のもの全てを壊していた。
その時のアタシは、文字通り全てにおいて盲目だった。
彼女も、アタシの言葉に驚いたように吐息を漏らし、耳を傾けている。

あの、お方……と、彼女は鸚鵡返しする。
そして、力強く頷いた。

やっぱり。アタシはそう言いながら、思わずクスリと笑みを零した。
彼女とアタシは、少し似ているのかもしれない。

彼女は恥ずかしげに目線を逸らす。
彼女はアタシに目がないことを知っている筈だけれど。
といっても、そういった細かい動作もアタシには「視える」のだから、彼女の振る舞いはある意味正解。

彼女は深々とお辞儀して、ぬいぐるみを抱きなおす。
そして寝所に戻ろうとして……こちらに向き直った。

アタシはその提案に、微笑を浮かべて快諾する。

アタシは冗談めかしてそう告げる。
すると、すぐさまこんな声が聞こえてきた。
『ああ、分かったよ。陰口が駄目だってんなら、今度からは堂々と言ってやるさ』、と。

慌てた様子で口と思しき部位を手で塞いで、寝所へと駆け出していってしまった。
ぬいぐるみを諌める声が、アタシの耳にははっきりと聞こえてくる。

さて、そろそろ不寝番の勤めを果たさないと。
アタシは神経を集中し、周囲に気を配りだした。