画家の男は、この場所を覚えていた。今はもうあらゆるものにすっかりと埃がかぶさり、白くぼやけたようになっていても、幼い頃に見た光景は、男のまぶたの裏に色濃いまま残されていた。
マァムブを遠く離れ、霊峰トラメンストルをはるかに望む石の丘に築かれたこの小さな建物は、男の父、建築家サルバドー・ドメネク・イ・ヌーニェスが自身の作業場として造り、使用していたものであった。何十冊、もしかすれば何百とあるかもしれない書物が、机上にも床にも散らばっていた。その間を縫うようにして男が床板を踏みしめると、軋み音とともに、ふっと土煙が舞った。人の手はずいぶんと長いこと入っていなかった。
一冊を手に取り、開く。探す。なければ放り、また別の一冊を開き、探す。

黄金郷
El Dorado
滅亡した都
カダイエ

本棚に収められたものもそうでないものも、この部屋にある書という書から、黄金郷カダイエに連なる文字を求めた。記憶ではなく、網膜に焼き付けるように、黄ばんだ紙に記された列を追う。黒い紋様のうねる指先で、褪せたインクの筆跡をなぞる。すべてを己の内に捕らえようと、男は喘いだ。
クリストファー・シュタイネックは言っていた。黄金郷カダイエに美しいままであってほしければ、足を運ぶべきでないと。それでも、男はこうするよりほかなかった。カミユ・ナダを彼の地へと立たせるために。あの日、己の胸元に少年が残していった赤い印に、そう約束したのだ。

信じられない、と言外に現しながら袋を受け取り、中身を確認する。

片手でペドロの両頬を押さえ、力を込める。
痛みはさほど無いだろうが、頬の肉が持ち上げられて、顔が酷いことになっているかもしれない。

返事があろうがなかろうが、そのまま手に力を込める。
しばらくそうしていたが、飽きたように、ふと手を離した。

なぜすぐ戻る程度で報告するんだ、と思ったが、彼を相手に一々文句を言うのもバカバカしい気がして口を噤む。
恐らくは自分の納得のようなもののために言っただけなのだろう、と適当な事をぼんやりと考えながら、その背中を見送った。

画廊「Gallery Montecristo」。
そこに黒髪の女性が現れた。慣れた様子から、初めてではないのだろう。
中に貴方がいるのを見つけると、ゆっくりと中に入る。

摘み取られたばかりの色とりどりの花が、ブーケサイズに揃えられて、僅か露をきらめかせている。
それを貴方に小さく差し出した。

疲れている、といっているからにはそれ以上突っ込むのも難しい。
それは生理的なもので、それを妨げるというのならばどうやってもこちらが「更に疲れさせる」事には変わりない。

でも、

閉まる直前に、足を挟んで止める。
言いながら持ってきた”あるもの”を扉の隙間に差し込むようにペドロへと差し出す。

頑丈な蓋付き水筒を渡すか、受け取らなくても扉の内側に押し込んで。


———　それでもまだどこか不安そうな面持ちで、扉から離れた。

可愛らしいと言われて更に喜んだのかどうやら服の中で暴れてるらしい
「やーめーろって」と自らの体を何度か叩き払う

ごぶり、ごぼりと小さなエンブリオから泥が溢れ、大男程度はある泥人形になる。

少し離れた場所から見守っていた父親に手を振る。
グリゴリは、軽く笑って手を振った。