【Side：Chanter／06　魔法のお薬の作り方】　※前回分含めての掲載です。

　以前手に入れた書籍を鞄の底で見つけたのでなんとはなしに眺めていたら、紙に落ちる光がふんわりと翳った。
　物音一つ無いその気配が、本とのにらめっこに随分時間を使っていたことを知らせてくれる。

「ああ……おかえり」

　迎える言葉と共に伸ばす指に舞い降りた、質量の無い感触。自分で魔力を編むようになってから何度も繰り返した動作。
　記憶力には自信があると云い切れるが、最初にこれをしたのがいつだったかに関してはさっぱり覚えが無い。それほど染み込んだ、そして刻まれたモノ。

　ばさばさと、抗議の如く広がる翼。

「悪いなマリヌ、忘れてたわけじゃなかったんだが」

　凹凸はおろか陰影すらない姿は誰がどう見ても生き物だと思わないだろう。例えるなら幻灯機……薄っぺらい映像を投写する装置で出したかのような、真っ青な小鳥。
　うちの家系、ロシニョール血統に代々受け継がれてきた使い魔。正確には血縁だけが使える使役術で作る存在だ。
　名は体を現すとでも云いたいのか、誰が使っても必ず鳥が出る。らしい。俺は父さんしか他の術者を知らないので真偽は不明。

（で、何か収穫はあったかねっと）

　さて、優雅に読書しながらの使い魔放牧なんてことをしていたのには、ちゃんと事情がある。
　まあ大したことではないけど。魔術師が使い魔を放つ時の目的といえば、周辺の観察やら情報収集やらと相場は決まっているもんだ。

「　　　　 」

　定められた言葉を謳えば、小鳥は形を失い皮膚に溶け込む。そうして血液へと還って、見聞きしてきた全てを直に伝えてくれる。
　これ人に見られると大抵痛くないのかと訊かれるが、結構何も感じない。というか痛みなんかあったら俺はこの術封印して忘れ去る。

（……ん）

　朝呼び出して、今が大体昼を一刻程過ぎた頃。そんなに長くない時間だった割には結構な情報量だ。砂地を移動する変な黒い奴とか、庭園の妙に偉そうな庭師なんかが頭に浮かんでは沈んでいく。この馬鹿みたいに広い王城敷地内の、一揆参加者が立ち入ってそうな辺りは大体カバーできているようだ。

「まあ当然だが、ネクターの保管場所なんかは分からないか……」

　そんなものはもっと奥地にあるだろうという結論はついているが。これだけ色々おかしい世界だ、意表を突かれるってこともありそうだし。
　割と友好的っぽいエンブリオを幾つか書き留めたところで、収集した光景は丁度終わったようだ。

「……」

　一気にあれこれ処理したせいか、少し頭が重い。レコに香を焚いて貰えれば楽になるだろうが、あいにくまたリオに連れ去られている。祭りでヒートアップしたわんこ怖い。
　自分でやろうにもあれはレコが祖先から受け継いだ魔術が絡むもの。一度だけ真似してみたが、焚く前より色々酷くなっただけで終わった。

　だから出来る限り、レコが居ないときにこの術は使いたくなかったのだが。

「ま、帰ってくるの待つしかないか」

　腰掛けていた寝台へ雑に全身を預ける。
　それでぎしりとも鳴らないその具合に、ふと城に住まわされていた頃を思い出した。

　病に倒れた母さんと、後を追うように眠った父さん。
　立て続けの葬儀が終わった直後、城の使いが次代の王への選定を伝えてきたのは十四歳の冬だ。
　王自ら行う選定は複数の予言を組み合わせて行われる秘奥の術。王冠を頂く者だけが世界から授かる魔力をもって、あらゆる分岐を見通す末に選ばれた唯一は、決してそれを断ることが出来ない。
　……でも空気読んでくれと思うのは自由だろう。

　ともかく、次に国を良くするのはこいつですと決められてからは住み慣れた屋敷も、世話してくれた父母製のゴーレム達も、居候のレコとレナ──レコの妹の名だ──も置いて、城での住み込み学習をさせられる羽目になった。別に、昔から一人で研究はしていたし勉強は嫌いじゃないが。

　だが俺は継承者用にみっちり組まれたカリキュラムを強引に一年で終わらせ、見聞を広めると許可をもぎ取って国を飛び出した。
　王になるのが嫌だったわけじゃない。だた結局自分はあの、生涯冒険者を辞められなかった夫妻の子供なのだ。知りたいことを識る前に、快適なお城にだって閉じ込められたくはなかった。

「もう五年か……」

　そうして続けてきた旅の中で得られたものはたくさんある。こうして旅する仲間だとか、魔術の知識だとか、古代遺跡の神秘だとか、そういったもの。
　でも、例えば明日国へ戻れと使いが現れても、俺は納得して戻ることが出来そうもない。本当に手にしたいものが、まだ。

　部屋を照らす天井の光へ手を伸ばす。僅かに鈍さを増した頭では、その光景はふらふらと揺れて見えた。

　使い魔を通じて知ったメルンテーゼ。その大地にのみ咲く赤い花。
　神の薬酒の名を冠するその植物の力は、もしかしたら長い間探し続けていた答えを齎してくれるのではないか。
　国を閉ざさなければ世界ごと冒しかねなかった病。今もまだこの身体にも根を張り続けている業の、その救いに。

（あと、）

　友人の一人である、氷精めいたあいつの体質にも効くかもしれない。ついでのようで申し訳ないが。

　新王の行く末が気になるのも事実だが、こっちの、つまりは本来の目的も方針くらい欲しい。
　そんなわけで、王側が保管してるネクターを探して使い魔を放ったわけだが……、得られたのはこの不調だけ。まあそんなに早く見つかりはしないよな。うん。

「あ、やばい。目回ってきた……」

　頭重いのに考え事なんかするものじゃなかった。大人しく休もう。回復は遅いけど、寝れば多少はよくなる──

「シーちゃぁん！　ただいまぁ！！」

　──レコ、もうちょっと早く帰ってきてくれよ……。



【Side：--／07　SummerVacation】　※今回の分。

　冒険者はいつでも騒ぎと共にあるものだ。だから祭りにはこれまで幾つか遭遇してきたし、時には発端になることすらあった。
　だけどこんな世界規模の騒動の中で、それを楽しむ事になるなんて。噂を聞いてからも、そしてこうして実際にその場に立ってからも少々信じられない。

「思ってたより、しっかりしたお祭なんですね」

　落ち着きのない様子でゼルダが呟く。騒ぐ人々の様相につられて高揚しているのだろうし、普段とは違う髪形を気にしているのもあるだろう。

「こんな状況だからこそ、少しでも稼いでおきたいって人も多いんだろ」
「元気な人が集まってきたんだねぇ」

　喧騒に目を細める魔術師達の手には、既に食べ物。二人分だとしてもやや多すぎるが、実はシャンテが持ちきれない分をレコが預かっているだけ。
　ともかくその分の代金はどうしたのかと問えば、彼らは揃って顎や視線で後ろを示した。

「おまつりには、ぜんりょくをださざるをえない、だよ」

　目を合わせてさえ何処を見ているのかよく判らない目をあちこちに向けながら、いつものふわふわした調子でリオが笑う。
　祭りの衣装といい出店の代金支払いといい、今回は完全な財布役だが、本人は満足そうだ。本人は。

「コーデルが聞いたらなんて云うのかしらねー」
「さぁ……」

　後に待ち受けていそうな波乱は気になるが、今からそれを心配しても詮無い事。
　とりあえず面倒な事は忘れる事にして、リエッタはまだ髪の具合を気にしているゼルダの手を引いて第一目標へとゆったり飛び始めた。

（[SummerVacation]夜の部参加しています！　イラストは後で差し替え予定……）

ズボンのポケットからメモ帳らしきものを取り出しました。
さらさらと聞いた話をメモっているようです。

微妙に物騒なことを考えている気がしました。

（こちらもいちいち反応しなくてもいいのに反応してみせる。青年の希望めいた感情の篭った声音に気付いているのか居ないのか）

（嘘や冗談、または慰めを言っている顔でもないので、本当にそう思って居るようだ。余程色んな人種を見てきたのだろう）

（大分判りやすく嘘の気配だったのに、こちらもそこに突っ込む様子もない。そういう対応反応な段階で色々おかしいような気がするのだが。続いての剣幕に）

（どう考えてもオプションで要らない言葉がついている。
が、横から割って入った声と気配に、左右色違いの瞳が一瞬細められてから、視線が送られた。

そこに居たシャンテと呼ばれた少年の面差しを残す青年の青い瞳に見つめられて、左右色違いの瞳で視線を受け止めると、その問いかけに対して小さく首を振りつつ）

（左右色違いの瞳が伏せられて。口元に楽しげな笑みが刻まれる）

（その後で、まじまじとその全身を眺めてから）

（多分、物凄い余計な事を、てんこ盛りのたまう。本人に悪意なんてものは欠片も存在しない。全て真顔の本音の本気である。しかも身長差故に嫌でも目線が上からになる。色んな意味で性質が悪いようだった……）