二人一組に散っての砂地での戦闘は、どの班も危なげなく勝利を収めた。
　はぐれることなく無事合流し、一応の点呼を取って全員の無事を確認。そして野営と相成った。
　『たくあんを落としていく』という妙な評判のついた人物が、思いがけず落としたおむすびを巡って火花を散らす少年と精霊や、夕飯のメニューに関する言い回しのすれ違いでじゃれあう仔猫と狼の姿もあったが、身体精神共に無事には違いない。
　スープの具が充分に煮える頃には、例によって「いい加減、その辺りになさい」という一喝が飛び、騒ぎはすぐ収束した。
　原因が原因だったので、それとなく鍋の煙を扇いで匂いを送ってみたのも、多少は効果があったかもしれない。


　そうしていつも通り——よりやや余裕ある時間を持ち、各自の自由行動に散っていった。
　砂地での体力の消耗を踏まえ、全ての予定はいつもより少し早めだ。このまま休んでもいいし、何かをする時間もあるにはある。
　少し考え、本と、出来たばかりの槍を見比べ——ちょうどよい機会だと、思い至った。

「スーノさん、すこしお時間を頂けますか。出来れば、ニグラさんも」
「なんだ？　珍しいな」

　分身であるという狼と共に居た青年が、こちらを振り返る。動作と共に揺れた鈴から、音は聞こえない。
　それについて特に聞いた事はない。そのうち聞いてみるのもいいかもしれないと思いながら、今日の本題を先に切り出した。

「少し訓練をしたいので、手合わせを願えますか」
「ん？　珍しいな」

　そう言いつつも、快諾を示すようにさっと立ち上がり、流れるような動きで白衣を枝に引っ掛ける。
　自分もそこそこではあったと思うが、この素早さはそうそう追いつけるものではない。

「レイさんにお願いしていた武器が、出来上がりましたので。扱いを覚えたくて」
「へえ。お前さんでも、新しい武器はわくわくするものか」
「それもありますが、扱いが少々」

　手っ取り早く説明するため、得物を取り出す。
　相手に合わせる細やかさ、扱いやすさの両立した業物だ。見た目がシンプルなのは、自分としては好ましい。
　そして、『扱い』と呼ぶ特色がひとつ。

「こう、捻りますと」
「うおっ。すげえな」
「さほど力は要りません。必要なのは器用さと、慣れですね」
「だろうなあ。反対側もそうか。……こりゃ、毎日少しずつって奴だな」
「僕は達人ではありません。ですが、鍛錬を怠れば、達人未満にも至りません」
「お前、それだから生真面目って言われるんじゃね？」
「……。何故でしょうか」

　理屈を述べただけのつもりが、何故か先日魔女に言われた言葉の繰り返しになった。
　『真面目』という言葉の妥当性について4秒ほど思考したが、不毛になりそうなのですぐに打ち切る。
　命じられる前にゆらりと動いた狼は、鈴と同じく音を立てない。

「俺とニグラだけでいいのか？　他の連中は」
「リラエさんは、例の人の戦術の他、砂地で見つけた物質の検討に忙しいようでした。レイさんは」

　そこで、言葉が途切れる。
　あの状況を何と説明すればいいのか、説明するとしてそれが何になるのか、21秒ほど考え込む。
　自分にしては長い思考の後、とりあえず一言で済ませた。

「…………忙しいようでしたから。スーノさんと僕は、お二人に比べると、戦い方も近いですし」
「……ま、お前さんがいいなら、いいさ。確かにあの二人は、自分のスタイルに特化してるからな」

　前衛を張る女性陣二人は、それぞれの長所で戦う。
　自分と青年にもそれぞれリーチの違いやスタイルがあるが、彼女らに比べれば近いものがある。

「じゃ、軽くはじめるか」
「お願いします。まず、この間合いに慣れるまで」

　気負いなく立つ青年から少し距離を置き、槍を構えなおした。
　——恐らく、この武器とは長い付き合いになる。そう、漠然と思いながら。


　武器への慣れ、手元を見ず鞘を外す動きの組み込み、外した後の間合い。
　そうしたことを、ひとつずつ重ねた。
　前述のように青年は素早く動き、分身である狼と共に、隙あらば打ち込みをかけてくる。
　武器の所為にする前に、自分が思考し、動かなければならなかった。嫌でも武器がついてくるほど。

　さほど長い時間でもなかったが、それでも砂地での戦闘ほどには疲労したように思う。
　ほぼ同じタイミングで青年も止まり、どちらともなく地面に腰を下ろした。

「その武器、相対してみると結構やばいな」
「さすがに今日だけでは、武器として使うだけで精一杯ですね」
「……材料が確か、アレか。本領発揮したら、どれだけになるか」

　折り取った一角獣の角。中でもとりわけ輝く、強靭な角を使ってこしらえたものだ。
　その秘められた力は大きく、また希少でもあることから、進んで買い取りを望んだものもいるという。
　幸運、だったのだろう。手に入れたことも、優れた作製士の仲間の存在も。
　ならばこれ以上は、運で得るものではない。

「エンブリオと、僕自身の力を合わせるとしても……すべて使いこなすには、長くかかりそうです」
「……楽しみって顔だな」
「そう見えますか」

　あまり自覚、というより、自信はない。
　だが、この青年が言うのなら、恐らくそんな顔をしていた。そして、それは事実なのだろう。

「レイも器用なこったな。今日も作製か何かしてるのか」
「ああ、はい……作製も、していましたね」

　うっかり思い出してしまった光景に、何ともいえない気分で生返事をかえす。
　これも自覚していなかったが、もしかしたら自分は、逃げ出してきたのかもしれない。

「……なんっか歯切れ悪いな」
「説明に困るご様子でしたので」
「なんだそりゃ」
「……なんと、いいますか……」

　作製をしていた。それも事実だ。
　ただ、作製の合間。恐らく材料を乾かすなり加工している間、何ごとかメモを広げて、別なことをしていた。
　その呟きの内容が、うっかり耳に届いてしまった。

「…………庭師の取り巻き殲滅までにかかる時間を、計算していたようです」
「あ？」
「いえ、ですから……2班の方々の攻撃力と、出ている情報から推察した取り巻き及び庭師の殲滅に関する数字を呟いていました」
「……お前、まさかそれで」
「……声をかけそびれました」

　恐らく、声をかけられたとしても、怒りはしないだろう。作業の途中だから出来ない、とは言うだろうが、それも笑顔と謝罪の混ざった、しごく穏やかなものだと予測できる。
　だが、そういうことが問題なのではない。
　眼球をほぼ動かさず、メモを片手に数字を呟き、実戦の様子を幾度も繰り返し続ける姿に、邪魔してはいけないと感じた。
　繰り返すが、怒られてしまうとかそういった類ではない。

　この世には、実害の有無以上に、してはならないことがある。生物の本能が、それを知っている。

「なんか張り切ってるっつーより……」
「……はい」

　言わんとすることがわかり、頷き返す。
　張り切るなどという次元ではない。あれは、言うなれば必殺の意思というものだ。刃を研ぐ幻聴まで聞こえそうだった。

「元々、手加減する気はねぇけどよ。何かあの庭師に同情してきた」
「あちらは喜びそうですが」
「……ま、まあ、話が早そうな奴だからな。だがそーか、あいつ、本気のレイやら、お前のその槍やらに狙われるのか」
「あ」

　言われてみれば。この業物を使う最初の実戦は、かの庭師だ。

「リラエの斧も相当だろ。あとうちの魔法使い連中は、どいつもこいつも容赦ねぇ」
「味方も撃ちますからね」
「……あれは特殊と思いたかった」

　実際に体験した『治療』を思い出したか、青年が空を見上げる。自分は、何となく視線を落とす。
　そのまま、脱力感にも似た空気が漂った。
　どうにかすべきかと思ったが、いっそこのまま、軽く水で顔などを拭いて、寝てしまってもいいかもしれない。

　鞘を外す。現れた刃の光は、月光に似ていた。あのとき折り取ってしまった角の光も、残されているように思う。
　学園での授業を超え、本気で武道を修めたことはない。だからこそ、いま思う。

　やがて来る自分は、この刃にどんな感情を積んでいくのか。


　これを持つ自分は、どんな人間になるのか。

（手袋を着用する