眼。


　光を受け取る窓のようなもの　出口　入口　扉のない……ただそこにはとりとめのない覆いが





　不要なもの

　本来であれば



　何一つ必要ではないもの。


　ここにはただ闇がある。
　暗闇が。
　何もかもがただ墜ちてゆき、そして浮遊している。
　漂泊している。

　どこにも辿りつきはしない。
　何にも到達することはない。

　一度も。
　決して。

　この私に届きはしない。


　岸辺はない。




　ただ　なにもない　が　ある。



　　
　つまり《私》とはそういうものだ。


　せき止めるものとてない茫漠とした拡がり、


　ない　ということが　ある　もの。








　長らく　　　は、ひたすらに己ではないものを損ない、削り取り、己の範囲を大きくすることだけをし、そして巨大に育っていった。

　それ以外の働きを、それは持たなかった。
　知らなかった。
　思いつきもしなかった。
　願うことさえ。


　ただそうすることだけが、　　　　　　の、その本質であったので。




　あるとしあるひあるときに、　はひとりの男を喰った。

　いや、もしかすると、もっと大勢の老若男女だったかも知れない。


　そいつは　　　　　　　に《光》を当てた。



　それがどんな方法であったかは分からない。それ自身、知りもしなかったのだから。
　機会は二度もなかったので、学ぶこともできない。




　ひかり　は、すさまじい速さで彼の姿を映した。

　男は叫びながら死に、そして彼の前には一つの不可思議が残された。


　私はあれを知ったことがない、と。




　暗闇はなお大勢のものどもを喰った。
　なおたくさんのものどもを。



　音は分かっていた、空洞のなかに良く響く。
　触れることは容易い、やいばの先にかけていくつもを平らげた。


　けれど、


　あれ　は





　彼は少しずつ様々を反芻し、積み上げていった。


　それは　何もない　である彼にとってはいささか苦しいものではあった、彼の暗闇であるところのものがすり減ってゆくのだ。

　有へと向けて。



　長い時間が経ち、様々の世界と場所で《とこやみ》と。
　《くらやみ》と。
　《むみょう》とも呼ばれるようになったころ。
　


　ようやく彼は　視る　ということの働きを理解した。
　それがどのようなことであるのか。
　何が起こっているのか。
　を。


　けれど決して。
　暗闇は光を覚えることができなかった。




　借り受けることはできる。
　奪うことはできる。
　けれど手に入れることはできない。


　最後のどこか、何かの際に、彼はそれを得ることへたどり着くことができなかった。


　できなかった。















　
　

　かちゃん、と小さく何かの砕ける音。


　「……おっと。
　　あまり持たなかったな。 」





　見れば、彼の左の手のひらに、何かガラス質の細かな破片が載っている。
　破片は瞬く間に崩れ去り、風化し、やがて塵とも見えなくなる——。









　10日目、人形：クリスティーナの左目を得るが、半日と持たずに割れ落ちた。

聞き覚えのある声に振り返る。
こんにちは、と口にしてのち、いまだ彼の名を知らないことに気づく。
彼の庭にいた女性が、たしかに一度彼の名を呼んでいたのだけれども……

濃くなる影の気配には別段気がつく様子はなく、じっと彼の瞳のない眼を見つめている。

少し長めの逡巡の後、深々と頭を下げた。