“ドライアド”と呼びかければ、描き出される少女の姿。
　彼女は張り付いたような薄笑みを浮かべ、トランクより指輪印を拾い上げる。

　指輪印に彫り込まれた紋章は“森と角笛に鹿”を描いている。
　私の記憶が定かならば、ガイ家に伝わる紋章だろう。
　数代前、王に狩りの腕を買われた先祖が、爵位と土地と共に賜った指輪印だと聞いている。
　事実、数日前に手にした指輪印は使い込まれた年代物の気品が感じられた。

　一方、ドライアドが選んだ指輪は比較的最近作られた模造品に見える。
　その裏面に刻まれた人名は、指輪が贋物であることを指し示す。

　“正当な所持者の片割れに与えられたもの”と。

　ヒューゴ・ガイ。

　ヒューバートの双子の弟が彼になる。
　ミラーイメージ双生児である彼らは、鏡に映したかの様に似通っていた。
　まるで同じなのだ。顔形、体型、声質——肉体に起因する要素には一切の差異が見られない。

　ただ、性格の方は正反対だ。
　どこか悪戯っぽい薄笑みを浮かべる彼には、兄にない人間くささが感じられる。

　今でこそ、顔を合わせれば噛みつくような間柄だが、昔は非常に仲の良い兄弟だったと聞いている。
　彼らの関係が変わった理由は未だに判らない。
　アルファであったのが弟だったからか、爵位を次ぐのが兄だからか。
　それとも、他に理由があるのだろうか。


　彼らは鏡像双生児、同じであって同じでない。
　天使の絵を見、弟は慈悲に溢れた美しさに涙を流し、兄は翼の実用性の是非を淡々と述べる。

　彼は木々に生命を与え操る能力を得た。
　無機物を利用する兄とは異なり、あくまでも有機物しか操れない。
　彼らは似通っていても、決して同じにはなれないのだ。





　本当は、移動に付き合っただけなのだ。

　お掃除ロボットに連れられて師弟が走り去った後。
　アーロンに届けられたのは、ミスター・ワイアからの“大草原まで馬車を出す依頼”であった。
　なんでも、ミスター・ワイアとミス・ルナールは、このだだっ広い草原で狼を探したいらしい。
　馬車で彼らを送り届けてから、アーロンと一緒に師弟を捜す。
　ここまでが本日の旅程であった筈なのだ。

　しかし、それらが達成される事は無さそうでもあった。

　ここは大草原。
　アーロンが立ち去ってから一刻は経っている。
　先ほどまで地平線の向こうに見えていた車体は、もはや完全に消え失せている。
　ミスター・ワイアとミス・ルナールは、平原に現れるという狼を探しに旅立った後であった。
　大草原の入り口でのんびり過ごしているのはわたくしだけだ。

　加えて、盛大に始まった兄弟喧嘩は半時ほど続いているし、終わる気配も一切見られない。
　終わらない以上、ここから動くことも出来ないのだ。
　ため息に、幼さの残るうなり声と、草が押しのけられ倒される音だけが混じる。

「本当、人狼の男の人って元気よね」

「まあ、有り余ってますからね。体力だけは」

　新聞に目を落としたまま、傍らのレイフは投げやりに応じる。
　熱くなったガイ兄弟が、我を忘れてわたくしに襲いかからぬよう護衛役を買って出てくれたのだけど、
　その対価が“新聞を眺める時間”ではたまらない。
　隣で眺めていても面白くないのだ。
　紙面には大量の数字——様々な世界の株価や債券に関する情報が所狭しと並んでいる。
　わたくしには読めない異国の文字が殆どで、何を意味しているのかも判らない。

「ねえ、レイフ。賭けても良いかしら」

「賭け、ですか？」

「あなた、この状況なら絶対に現れると思ってるでしょう？　ミスター・ワイアが狙っている獲物」

「残念ですが、僕は乗りませんよ」

「あら、臆病なのねえ」

「いささか分の悪い賭には応じないことにしているんです」

「作戦失敗ね。貴方から巻き上げようと思ったのに」

「残念でした。自分の縄張り内で他の狼が暴れてるってのに、何もしない狼はいませんのでね」

　大草原を一陣の風が吹き抜けていく。
　僅かに冬の香りを孕む風が、穏やかな季節の終わりを滲ませている。
　この先の行軍は難しくなるかもしれない——と、ふっと思った矢先に、大切なことを思い出す。

「ところで、アーロンは何時迎えに来るのかしら」

　彼の馬車は、数刻前に立ち去って久しい。
　レイフは膝に肘をつくと、両手でもって己の顔を覆った。
　新聞の潰れる音が耳障りに響く。

「どうかしたのかしら？」

「賭けてもいいです。ミスター・アーロンは、貴方まで馬車から降りたことに気付いてないと思いますよ」

遙か後方から、老貴婦人が走ってくる。

語り出しは世間話風だが、だんだんと肩が落ちていく。
小さくこっそりため息をつくと。

エルフの少女が、緊張した面持ちで、老婦人の元に駆け寄ってきた。

少し逡巡した後、意を決して顔をあげ、老婦人の目を見据えて口を開く。

老貴婦人はやる気まんまんで猟銃を構える。
なんだか何事もなかったかのように、パーティの中に紛れ込んでいる……！

トランクを広げはじめるも、色々とそれどころではない！

熊らしき動物と、地面を這う見たこともない物を交互に見やり、顔を引きつらせた

System Message : M.E.E.駆動...出力...30%...40%...50%...M.E.E.戦闘出力確保......