■花屋敷：奥座敷にて

　それはどんなタイミングだっただろうか。
　屋敷に迎える時に、対象の全身を私自らくまなくチェックをすることはないから、出会ってすぐでなかったのは確かだ。
　自己申告？　ないな。
　何かの折、例えば急な雨に降られて、緊急性を要した着替えでも見たか、いや、そんな場合だとユーグのやつが壁になるだろうから、それも違うな、と思い直す。
　酔っ払って服を引っぺがし、いや、生憎と私の消化器官はアルコール濃度でどうにかなるほど柔ではないから、それも違う。
　酔っ払った振りで、というのならばありえるかもしれないが、やっぱりその場合もユーグのやつが見咎めないはずがないだろうから、それも違う、私のどこも破壊されていないわけだし。
　たまたま、か。
　何かの作為でもなく、ただの偶然性。
　どちらかへの幸運だとか不運だとか、そんな作用も持たない。
　私が、ユーグの小鳥、ツグミの肩にそれを見たのは、単に、何となくだったのだろう。


「ユーグ、おるかー」
　彼の自室にあてられた部屋の前、ノックと共に声をかける。
　一間待つが、何の反応も返事もない。
　はて。ここにいたるまでに見かけなかったということは、…とくに思いつかない。
「もう一周してくんのも面倒くさいしなぁ…」
　斜め上を見ても、そこにユーグはいない。
　頭を掻いて、困り顔を作っても解決しないので。
「エエか、置いとこ…」
　無遠慮に、扉を開ける。
　それは視界に映ってはいたが、咄嗟に認識できなかったので。
　ノックの返事を待ったよりも長い時間、じっと見つめてから。
「…危うく踏みかけたから、返事くらい、せェへん？」
　部屋の真ん中に座り込んでいる小鳥こと、ツグミはやっぱり返事をしなかった。


　無言で、見つめ返されている。
　常も白い顔をしているが、今はさらに青白い様相に見受けるのは、その衣装のせいだろう。
「それ、仮装やんな？」
　問いかけるものの、Yes、はい、そうです、のいずれの返答もない。
　予想がつくから構わないのだけど。
　ユーグの姿はまだ見ていない、あれも何かやっているのだろうか。
　類似で想定されるところとなると狼男、ミイラ、フランケンシュタインの実験体…はて、何にしろ後で探しに行かないといけなくなった。
「まぁ、エエわ。お前さんに用があってな」
　部屋の真ん中、相対する位置にしゃがみ込む。
　目線の高さが落とされ、私の顔を見ている。
　何の用ですか？程度の意向も、その目に感じられない。
　見ているだけか、見えているだけか、そこにどんな違いがあるのか。
「自分からやいのやいのて、言うて回るタイプでもなかろ。ほれ」
　片腕に抱えていた籠を差し出す。
　まっ黄色を中心にした菓子は色様々で、シンプルな包装だが透けて見えるだけで十分に楽しさを演出している。
　一度、無色めいた視線が籠に落とされる。
「…片手、上げて？」
　眉間に皺を寄せて、言い放つ。
　まさか、呼吸の有無まで指示する必要はあるまいが。
　ゆるゆると動き出した、様子を見ている。
　上げられるのは左手。
　柔らかに皺を作る、白いシャツの向こう側。
　左肩を見る。
　そういえば、この小鳥と二人きりになることは、そうないな、と思った。
　そう思った理由は、私の思いやりゆえか、臆病さか、慎重さか、あるいは、意地の悪さか。
　他人に聞かせてはよくないな、…より正確には、聞かせたくはないな、と思っていたせいだろう。
　聞きたければ、自分で聞くべきことだ。たぶん。


「多少の痛みは我慢してもわにゃならんが、消したきゃ消せるで」
　左肩から目を逸らさずに、言ったそれは小鳥に伝わるだろうか。
　どうせ、目を見たところで、考えていることなどわからない。
　何語で喋っていますか？と思っていたところで、わざわざそれを口にしないだろう。
　答えるまで、辛抱強く、あるいは力で強く問い質せば答えるのかもしれないが。
　羽根を毟り取るような真似をして鳴かせても、後が怖い。
「上から、別な意匠入れてもエエしな」
　それではまるで、河岸を変えさせられた奴隷か娼婦だ。
　笑い飛ばしてくれそうもないので、これは言わないでおく。
「片腕ごと喰らってやってもエエが、…ユーグがますますお前さんにべったりになりそうやから、やめとこうか」
　口元だけを笑みの形に変えながら、ちらりとその顔を伺うが、動揺した素振りは見られない。
　どちらが、人形なのだか。
　肩をすくめて、ふと籠の中の菓子の鮮やかさが目に留まる。
　後ろを振り返る。
　まだ、何の気配も感じられない。
　ならば、作業を急ぐべきだ。


　一つの袋を開けて、かぼちゃ色の焼き菓子を避けて、指を伸ばす。
「確か、さっき味見したん…」
　目的のクッキーを一枚、半分齧る。
　これだ。
　間違いないことを確認し、飲み下してから、にっこりと一言。
「トリック・オア・トリート。…やったよな。何ぞ、ちょうだい？」
　真近い距離でねだって見せると、焦点が合いづらかったのか、一つ二つの瞬きを返される。
　上げられている左手はまだ空っぽだ。
　室内にはユーグのチョコでも置いてあるだろうが、それに飛びつくことはしないだろう。
「私にくれる菓子がないなら、悪戯していかんとな」
　半分になったクッキー、とろりと零れそうなジャムを人差し指で掬う。
「噛みなや？」
　いらぬ注意であろうが。
　人形めいた表情、薄い唇に指を伸ばして。
　ほのかにあるだろう体温を感じる間もなく、押し当て、滑らせた指を引っ込めた。
「紅でも持ってきてやってたら、よかったんやけどな」
　ラズベリージャムのクッキー、残り半分を食べて証拠隠滅。
　青白い表情、吸血鬼には、血の赤色がお似合いだ。
　空っぽの片手に、開けてしまった袋一つを押し付けて、用は済んだと立ち上がる。
　目線は押し付けられた袋に落とされたままで、私を見てはいない。


「今日一日は吸血鬼なんやろうから、こないなことを言うても無体やろうけども」
　籠を抱えなおして、踵を返す。
「お前さんは、ちゃんと、生きとるんかね？」
　今日が終わったところで、死者でないものが帰ることはないだろうが。
　部屋を出て、扉を閉める前に、座り込んだままの姿は目に入るものの。
　生きている、と認識できるか否かを確かめる気にもなれなくて、目を閉じる代わり。
　扉を閉めた。

着せられた洋服——普段とあまり変わりはないが、
それでも装飾品としてつけられている尖った耳や鋭い牙が気になっているようだ。

すん、と鼻をひとつ鳴らした

純銀製の杭——先端が輪になっているそれを、お手玉しては弄んでいる。

System Message : M.E.E.駆動...出力...30%...40%...50%...M.E.E.戦闘出力確保......

鼻歌でも歌いそうな素振りで、使えそうなものを物色している

System Message : M.E.E.駆動...出力...30%...40%...50%...M.E.E.戦闘出力確保......

トランクを広げはじめるも、色々とそれどころではない！

熊らしき動物と、地面を這う見たこともない物を交互に見やり、顔を引きつらせた