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　今から9年前。自称社長こと畑羅木卓内は、28歳になった誕生日に家を追い出された。理由は彼が働かず、親の庇護の元ニート生活をエンジョイし、そのあまりに自堕落な姿に、彼の両親は我慢の限界を迎えたからだ。

　家を追い出すと告げられた社長は、特に抵抗するわけでもなく、そのままふらりと外に出た。あてもなくあちこちをぶらぶらと歩いた。腹が減ったらコンビニに寄り、残り少ない財布の中身で飯を買う。のどが渇いたら公園の水で喉を潤す。そのまま公園に留まってもよいのだが、何となく歩き続けることを選んだ。

　そんな生活が何日も続き、財布の中身をひっくり返しても5円・1円玉しか落ちてこない状態となった。しかし、それでも社長は働く気にもなれなかった。

「このままだとわし餓死しちゃうかもな〜……まあいいか……」

　と思いながら、意識を失うようにして眠りについた。これが社長の、元の世界での最後の記憶である。



　次に目を覚ました時、社長は見知らぬ世界にいた。本当に、まったく、１ミリたりとも知らぬ場所にいた。いわゆる異世界である。わけも分からず当たりを見回すと、『世界の説明をしてくれるガイド役』がいて、それから世界のルールを聞く。

　社長はこの世界でそれなりに成り上がる。しかし、その記憶を今の社長は持っていない。財布が底をつきて眠った記憶の次にはメルンテーゼにやってきたという記憶順になっている。時間にすると9年間、それが社長の頭からすっぽり抜け落ちていた。

　なぜこんな状態になっているかと言えば、彼を異世界に送った張本人である『理不尽』を名乗る神が社長の記憶を消したからだ。なぜ神はそんなことをしたのかと言えば、『人が絶望に落ちる瞬間の姿』を見ることを何よりも喜びとしていたからだ。

　その対象に社長は最適だったのだ。『成功に飢えているが、この世界のルールではどうやっても成功者になり得ない』、それを知っている社長という男が。



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　神は、『全てが均一になってスタートする世界』を探し、そこに社長を送り込む。元の世界の最後の記憶『財布の中身が底をついて公園で眠った』の次に、『起きたら異世界にいた』という時系列になるように調整して。

　そして、そのたびにガイド役が真っ先に世界のルールを説明するのだ。時にシステムチックに、時にストーリー仕立てで。すると社長は「今までの力が何一つ関係ない世界……それは人生がリセットされたということじゃないか！」と喜ぶ。

　次に、「もう二度と失敗漬けの人生に戻りたくない！」という思いから、世界の法則をよく調べあげて世界に適応していく。そしてその想いはやがて「成功したい！」という願望へと変わっていき、山あり谷ありの冒険をした後、ようやく「安心」を偉るほどの成り上がりを見せる。これはどの世界の社長でも同様であり、同様であるからこそ、神は社長がお気に入りだったのだ。


　神はそんな社長のもとに現れる。そして真実を告げるのだ。「全ての力を失って元の世界に戻りますか？ それとも記憶を失って別の世界に行きますか？」と。


　社長は「ジョーダンだろ？」と言う顔をするが、神がその圧倒的すぎる力を震えば、すぐにその考えを改める。そして理解させられるのだ、人生は何一つリセットされていないと。——その瞬間こそ、生きることを飽いた神にとって生を実感できる唯一の時。その姿を神に献上するためだけに社長は何度も同じループを繰り返してきた。

　元の世界に戻ればこのループから抜けられるが、しかし、戻ったところで自分が成功者になることはない。だから社長は絶望の声で告げるのだ。「記憶を失って、次の世界に渡る・・・」と。



　現代日本において。失敗の底辺から成り上がるには、何かキッカケがなければならない。生きていく手段ならいくらでもあるだろう。だが、社長は自分と世界に絶望しきっていた。無力感を抱いたまま生きるならば死を選ぶ。それが自称社長という男である。

「この神の玩具にされていることこそがキッカケだ……」

　社長は絶望の中で、自分の状況に可能性を見る。別の世界に行った自分が、成功を手中に収めた上でこのループから抜ける方法に気づくという可能性に。賭け金は時間である。

　自分は何年このループを繰り返せるのだろう？　寿命までだろうか？　神に飽きられるまでだろうか？　飽きられた時どうなるのだろう？　元の世界に戻される？　その時、自分は何歳になっている？　40か？　50か？　年は関係ない。戻った時点で、自分は詰みなのだ。

　そんな想いと共に、社長は次の世界へと渡り続けた。時間にすれば9年間。それが社長の負け続けた時間。ただただ神に遊ばれただけの時間。

　28歳から始まったこのループ、気が付けば社長の肉体は37年の時を刻んでいた。記憶は28のままで止まったまま。記憶は何一つ変わらず、肉体の時だけを無意味に進める。それが社長の失われた9年間の記憶。それが社長の人生、何一つ変わらず、神に捨てられるはずだった人生。そういう運命になるはずだったのだ。

　——社長がこのメルンテーゼにやってくるまでは。



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