名を呼ばれる声が聞こえた様な気がしたが、周囲に落ちる暗い闇に何処から、誰から呼ばれたのか少女にはわからなかった。
どこかで聞いたことがある声なような気がした。
あれは、誰だっただろう。


「おじいちゃん…？お父さん…？」


名を呼ぶ声の他に、何か言葉が聞こえてくる。
その言葉ははっきりとは聞こえず、どこか曖昧な魔法の呪文のようにも聞こえたが、確かに彼女が聞いたことのある、そしてひどく懐かしさを感じさせるものだった。
縋るように名を呼ぶ。






自分は死んでしまったのだろうか。
死んでしまったから、あの懐かしい言葉が聞こえたのだろうか。
あれは、何だったか。

…そう、確か先祖代々伝わる古い呪いの言葉だったはず。


「わたし、死んだんだ…。」


不思議と悲しさは無く、涙も浮かんでは来なかった。

姉妹とその弟を想う。
お姉さまとリュートはきっと悲しむだろうが、ずっと一人で待っていた彼の事を考えると良かったのかもしれない。

祖父の友人の事を想う。
きっと、心配しているはずだ。
誰かが、自分が死んだと伝えてくれるだろうか。
いつまでも来ない友人の孫娘を待ち続けることはさぞつらいだろう。





旅を共にした彼の事を想う。
彼は独りで大丈夫だろうか。
生きていくだけの逞しさはあるだろう、けれど、時折ひどく自信のなさそうな顔をする。
地図も読めず、破滅的なまでに方向音痴だ。
素直で、とても真っ直ぐで、だからこそ騙されやすい。
ちゃんとご飯も食べるだろうか、呆れるほど大食いだ。
離れると、寂しそうな顔をする。
私を見ると、嬉しそうに笑う。

私が死んでしまったら、彼は泣くだろうか。
彼から貰った青い石は、まだ私の胸の上にあるだろうか。



「アールさん…。」







＊＊＊＊＊



ベッドの中の少女は、小さく傍に寄り添う少年の名を呼んだ。

瞼の下、眼球が動いた後にゆっくりと目をあけた。
何かが手に触れている。


「もう、泣いてた。」


手に顔を埋め嗚咽を漏らす少年の頭を見て、少女は小さく笑った。