「こんなもの、どうしようっていうんですか。はっきり言います、危険ですよ」

ああ。
君は本当に呆れた顔をしてそう言っていたな。

私の右腕で蜷局を巻いていたエンブリオ。
元を正せば、ヴィエスナ・クラスナの影。
「春」から別たれた「冬」。

最初に私の右腕を喰らい、体内に巣食った時。
それは私に冬の始まりをもたらした。
徐々に体力を奪っていく冷たい風と、霙の重み。
やがてそれは白く形を帯び、
融けては消え乾いていくこともなく、大地を湿らせ、
ついには景色を塗り替えた。

ただ白く、ただ暗く。

イヨールノットによって解呪され、体内から引き剥がした時。
それは私に冬の終わりを見せた。
癇癪を起す子供の様に荒れ狂う風と、雪の凍み。
冷やかに踊るそれは視界と呼吸を奪い、
身を焼くような熱を残すが、やがてそれも色を失い、
いつかは流れ去っていく。

ただ黒く、ただ熱く。

これで終わったのだと。

そう、思っていた。

*
*
*

（左腕をやられたのか？）
「……ああ」

「左腕の刻印に喰らいつかれた。
君が噛みついていた時にはもう、ここには居なかったんだろう」
（……）

「律儀に契約の席を空けていったんだ、可愛いものじゃないか。
それに…元々ルーニィェ・ザトメーニィェとの契約にはさほど捧げてはいない」
（貴様、それは、そのなりでも問題は無いと言いたいのか？）

老婆が纏っていた影が、私の左腕を覆い尽くしている。
あの時の様な痛みは無ない。
ただ、大地に張った霜の根が、
ただ、隙間なく黒く塗りつぶしているだけ。

肌に触れればそれは熱を奪い、感覚を奪う。
だが、これは私を殺さない。
これが目的を果たすまで——

「そうだ」

*
*
*

季節は巡る。
滅びるから巡るのか。
巡らせるために滅ぼすのか。

少女二人と、半透明の青年とを交互に見比べている——

友人であるチセの名前を呼ぶ声に、同じく振り返る。
そこにいたのは男と見紛う身長と、どこか威厳のある佇まいをした———

リュートもそこそこ男っぽい出で立ちをしていたとはいえ、
姉はそれ以上だった。普通に男かと思った。

そこでふるふると頭を振って、無理矢理思考を停止させた。
チセは、怪我をしている。姉に心配はかけたくないはずだ。

それに、その責任は、少なからず自分にもある。

姉に声をかけられ狼狽するチセの前に立つと、軽く頭を下げた。

罪悪感と緊張から、慣れない敬語でたどたどしく挨拶をした

　
　　　　　　右手に、魔術力場を形成した。

　
　　　　　　髪を直し、静かに笑った。　

それでも、漂う空気に深いそうな表情をにじませる。

ザッザッザッ（←マップを切り替える音）

ここの空気は酷く淀んでいるね、と一言残しその場から去っていった——