『呪術師』は、まるで何も変わらない様子で、いつもの通りに、ふらりとどこかへ向かって歩き始めた。視界の端にそれを収めて、二拍。棍を握り直して脚を向け、歩幅を広げて横に並ぶ。
「次はどこに行くんだ？」
　普段であればあと一人二人は共に行動するものだが、その為に他の誰かに向かって声を上げる事はせず、いつもの通りに問いかけた。『呪術師』もいつもの通りの表情を浮かべる。
「……そうだね。次は、城を進んでみようか。きっと、あそこには、いい『材料』があるから」
　進路、その先に視線を投げる。通路の向こう側。
「城か。確かにあそこら辺は色々落ちてるけど」
「……『落ちてる』、か。そうだね、『ルド』」
　いつもの調子の『呪術師』の声。そのままいつものように続いていく。
「確かに、あれは落ちてるようなものだ。結局、人間なんてものは、『落ちる』事の方が、遥かに楽なんだ」
　いつも通りの表情がある事は見なくても分かる。足音は殆ど一人分しか響かない。そこに声が被さるだけ。
「だからね、『ルド』？」
　視界の端で黒がゆるりと揺れる。脚を止める。振り返った『呪術師』はやはり、『いつも通り』だった。
「————僕を一人にしないでおくれ？」
　
　
　

　
　
　
　刹那響いた何かを押し込む音、歯車の音と何かが降り落ちる喧しい音。
　殆ど反射で飛び退る。背後へ。鼻先の視界に真上から乱入する黒、降り落ちたのは巻き起こった風すら冷たい鉄の群体。鋼鉄の槍を真横に繋いだ固く重い柵。
「……うわぁ」
　息を吐く代わりに、思わず零す。声は、生きていた。
　『呪術師』は柵の向こう側に。それを見やれば柵越しににこりと笑みを浮かべたその顔が真反対を向いて、その姿が遠ざかる。
「——なあ、」
　答えも応えもない、変わらない様子で進む背に続く言葉を押し殺す。かわりに音なく息を吐き出して、右手に握った棍を肩に当てた。
『……どう、されますか？』
　さりさりと空気同士が擦れ合う音を立てながらシャールが問いかけてくるのには、素直にそれを見やった。無言のままのそれを不思議に思ってか首を傾げるのには、そのまま眼を外す。
　無音。柵の向こう。一度、瞼を引き下ろした。
「シャール、テラと一緒に行って場所を教えてくれ」
『はい』
「……『Ruyd』、リィド。案内頼む」
　石の床に落ちた影から、新たに呼ばわれた蛇がするりと姿を現して迂回路を示すためにするすると滑っていく。視界を開いてそれを追う。別の道へと進みながら、不意にそこに蒼が映り込んだ。
『……行く、のですね？』
　——行かずにどうする。言葉は浮かんだが喉の下で沈んでいった。中途半端に固まった口元を誤摩化すように苦笑を作る。
「先には進まないとだろ」
『…………』
　氷は音無く姿を消す。
　そのまま、自分の足音以外には何の音も無い廊下を進んでいく。
　
　——久々だな。声には出さず、呟いた。
　

謝罪の言葉を告げられれば緩く首を振る。それは彼女が言うべき事では無いから。

永遠、は傍には無かった。自分の場合は消えて行ってしまったから。
けれど自分ただひとりがずっと、ずっとのこったとしたら——したら？

約束だと、彼女は言う。
繰り返してみてもそれはぱらぱらと散らばったパズルの様で。
自分の頭ではすべてを組み合わせる事が出来なくて。
察しがつかない自分が歯がゆくて、少し迷う様に両の手の指を組んだり、ほどいたりしながら。

憶測でしかないから。そして気付く。これは口に出してはいけない事だっただろうかと、
そういう事ですか、と問おうとして慌てて両手を口に持ってくる。

　
　廊下の先、広い空間。いくつかの気配がある場所にようやくたどり着いて、肩から棍を下ろして歩調を早めてそちらへと向かう。
　見えたのは亜麻色、固い大理石の色。その前に立つ——
　

　
　
　————眼を、瞠った。
　
　
　

　少年の顔には、常と変わらぬ笑顔があった。
　薄っぺらい、貼り付けたような、微笑み。

　言葉の、途中。
　振り返った顔は、常の微笑み。
　ゆっくりと、伏せていた瞳が、開く。

　

　　　△　　土　▲
　　（　㊤　皿　㊤）　　がしゃーん
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　／│　　塊　　│＼　　　　　　　　　がしゃーん
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