戦闘時には、何事も無かった。練習試合で仲間と顔を合わせた時も、知り合いと会話する時も、変わらないままだった。
　ただ、それ以外——移動、休息、居合わせた小物との戦闘、何れに於いても、契約主は、まともにエンブリオを見る事は無かった。ウィフトと名付けられたそれが傍らで鳴けば、手を伸ばして頭を撫でる、その程度。レーレすら異変を感じ取ったのか、地面をほとほとと歩いて後ろについて行くテラの、そのすぐ脇にずっとついていた。
　始終、無言のまま。何か声を漏らすという事も無く、何かに目を取られるという事も無く、まっすぐに水辺を進んで行く。
　——誰か、とは、問わせなかった。ただ笑んだだけで。主の応えはない……





　一夜、明かす。小川の道を塞いでいた巨大な魔物を退けたあと、彼はやはり仲間達の元へは戻らなかった。
　得物を下ろして、瞬きを何度か挟み込んだあとには、おかしい程澄んだ色の翡翠があって。どこに向かうでも無くどこかへと歩き始めたのには、何も言えないままそれに従った。まるで的を外したかのように、戻る道とは悉く違う道を選んでいって。
　一度離れようとしたが、それは出来なかった。己の意思で距離を開けようとすれば、堪え難い焦燥が彼の元に引き戻す。まるで、エンブリオ達が何をしようとしているのか分かった上で、それを妨げるかのようにそうさせられているかのような。そもそも自分の持つ感情というものが、人と同等かも自分達には分からないが、焦燥と苛立ちで散々な様子だった。
　ただテラだけは、何故かそんな様子も無く、距離を置いたまま静かに彼の後に付いていた。とうに空中に姿をとかしたシャールと同じく、地に馴染んで姿は見えないが、静かに彼の後を付いている。
　
　『彼』は『主』ではない。それだけは分かる、理解できる。その理由までは、思考も情報も追いつかない。
　来たかと最後に呟いて、それきりだ。だからきっと、主には分かっているのだろうが。

　
　何がありますかね、と。小さく呟いて、二人の後を追ってそこに足を踏み入れる。

ちらり、仲間を見やり、す、っと後ろに下がり