「で、夜は屋台とかせんの？　屋台屋台。小遣い」
「色気より食い気か。欲しけりゃ資材は準備しとるさかいに好きに営業しぃ」
「まさかの丸投げ！？」
「夜店代は自分で捻出しぃやー。材料費やらはこっちが持ったるさかい。うん、僕って親切やんなあ」
「どのへん！」



　などと微笑ましいやりとりが夕方にあったりなかったりしたが、ともかくもう夜である。
　水着姿ではしゃいでいた女性陣たちは用意してあった色とりどりの浴衣に袖を通してはあたりを見渡していて、これもまた華やかなことである。
　男性陣の姿が一部見えないような気もするが、またおいおい後で合流できるであろう。
　子供たちにお小遣い、と言いながら多少の金を渡しておいたわけだが、さて、楽しんで貰えればいいと思う。
「あとは……祭太鼓でもあれば面白いのだけれども」
　そしてユーグにでも叩かせて、と考えたところでふと浮かぶ想像図。
　いつもの紳士然とした表情のまま、ねじり鉢巻と法被、トドメに褌姿で汗を飛ばして祭り太鼓を叩くユーグ。その傍で落ち着いた色の浴衣で頭に屋台で売っている面を斜めにつけて、片手に色々持たされながらわたあめをかじるツグミくん、という図が……。
「……いや、それならまだ、セロさんの方が似合う、気が」
　問題は櫓の上などという目立つ場所は断固として拒否されるだろう、というのがありありと想像出来ることだろう。
　なんとなく、ルクリちゃんやトーカちゃんはウキウキで叩きそうな気もするが、折角の浴衣姿を着替えさせるのもどうかという気がしないでもない。
　……祭太鼓は諦めよう。うん。
「わ、わ、見てみて、ちっさい魚が泳いでて、これすごい綺麗……！　これって食べられるのかな？」
「いや、このサイズだと食用には向かないと思いますお嬢様。
　ええと、すくう、とか書いてますので、……ボランティアか何か、ですかね？」
「あのねあのねっ、これは金魚すくいって言って、紙を張った枠でどれだけ金魚が取れるかっていう競争するの！」
「へええ、面白そう！」
「紙製ならばすぐに破けるのではないですか？」
「あら、大丈夫よ〜。こういうのは入水角度と強度を計算して、あとは簡単な強化で……」
「はいそこ魔術とか科学とか不思議能力は禁止やからなー！？」
　遠くに楽しんでいるらしい声が聞こえて、先程までの酷い想像を振り払い、よかったよかった、と何度も頷いておく。一緒に働いているらしい見知った声も聞こえたが、そんあこともあるだろう、うん。
　そろそろ有志が準備したらしい花火が上がるということだし、さて、ゆっくり見物させてもらうとしようか。


[SummerVacation]参加中！










　——閑話休題。

「おや」
　日傘は差していたはずなのだが、流石に全てを覆うことはできなかったのだろう。左手の先、浴衣から出ていた部分がかなり赤くなっているのに気づいた。
　華やかな水着姿だった女性陣がわいわいと騒いでいたが、これも同じように日焼けしたのだろう、と考え、思案する。
　冷やさないと痛い、とか聞いた気もするが、おそらくそれは気にしなくても問題はないだろう。
「——悪りけど、冷たい水用意してくれへん？」
　だからこれは別に、ただの気まぐれだ。

　ひんやりと、小さくなった氷を浮かべた水に左手を浸す。刺すような冷たさにゆるく微笑むと、その冷たさに馴染む前にちゃぷ、ちゃぷ、と水面を波立たせた。
　熱を持った肌が急速に冷やされていくのが気持ちいい。あまり陽に当たることをしない肌には、些細な刺激も新鮮な感覚だ。
　右手で左手の袖を押さえながらゆるゆると手を振り、小さな桶の中に波紋を立てる。日中、皆が水遊びに興じている間も砂浜で見守っていた代わりとでもいうように、ささやかな水遊びにかまけながら、痒みにも似た感覚に目を細める。
「ああ、……これ、痛いっちゅーんかな」
　あまり冷やしすぎては逆に凍傷になるだろう、というのは分かっているが、ただなんとなく止め時を見失って氷水の中で左手を遊ばせる。いつの間にか浮かんでいた氷も形をなくし、ただの少し冷えた水になるまでそれを繰り返して、ようやく水から手を引き上げた。
　濡れた手を拭こうと傍に置かれていた手拭いを拾い上げて、左手を包む。布越しに右手で左手に触れてようやく、その冷たさを認識して苦笑混じりに表情を緩めた。
　元々体温の高い身体で、ひんやりとした肌に触れるのは思いの外気持ちがいい。水滴を吸い込んで湿った手拭いを落とし、ゆっくりと形を確かめるように直に肌を辿りながら、右手では肌の冷たさを、左手では右手の熱さを感じながら、少しずつ熱を分けていく。
　気の済むまで、というよりは体温が戻るまでそれを繰り返し、冷たさも熱さも感じなくなった頃、ようやく単調な動きを止めた。
　確かめるように、左手を眼前に翳す。
「……ん、治ったな」
　熱を孕んでいた赤い肌は、元のような白さを取り戻して目の前にある。もうその痕跡すらどこにも見当たらないほどに。
　生まれたばかりの赤子のような柔らかさに、ひとつ、笑みを落とした。
「さて、そろそろ遊ぶんも止めて戻ろかね」
　そう言葉にして立ち上がった際、ふと、帯に差していた百日紅の花の一枝の存在を思い出す。
　もう着替えるだろうから、さて、不要になったこれはどうしようか。一瞬の逡巡の後、水だけになった桶にそっと浮かべる。
　薄紅の花が水面を揺らすのに満足げに頷く姿は普段の百日紅と変わらず。そしてもう振り返ることなく、その場所を後にした。

はっ、と意識を引き戻した

真那霞をちらりと見ると、懐から子供が扱うような大振りのビーズを取り出した。