—護りの森—

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拝啓　パパへ。

お元気ですか？　大学の仕事の方、どうでしょうか？
夏休み前だから今は大変かもしれないけど、寝不足だったりしませんか？

…いや、というか…夏休み前…なんですよね？

こっちに来てから時間間隔というもの時間間隔がどうにもわからなくて、
こんなことを書きたくはないんだけど、正直滅茶苦茶不安です。

そっち帰ったら夏休みどころか、一年過ぎてた…とか、無いですよね…？


…妙に不安になるだけだし、話を戻します。

今私は、森に来ています。
見た事ない木が見た事ない生い茂り方をしてて、その辺流石異世界って感じです。

これが夏休みらしく観光地だったら、よかったんですが…



…本当に残念ながら、そうではないようです。




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生い茂った草を掻き分けて、目の前に広がる深い森を見た。
どこを見ても緑、緑、緑。人の影すらありはしない。
割と都会の方に住んでいる私には最初こそ目新しかったものの、ここ数時間くらいは過ぎただろう今ではいい加減にそうはいってられない。

城門近くの一揆関係者に教えてもらったのだが、
この一揆騒動、大規模な故に、色んな場所に一揆関係者がサポートと称して拠点を構えている。

この森も最初に迂回ルートとして一揆関係者に教えてもらったものだ。
当然侵攻ルートなのだから、拠点があってもおかしくない。

まずその拠点を探すところから始めているのだが…先程から一切人の影すら見ないのだ。

当てのない人探しに疲れてきた私は、割と汚れていなそうな折れた木の幹に腰を掛けた。
振りかえれば、そう遠くないところで腐肉と坂本が何やら話をしていた。
(もっと散会して効率的に探せないのかとは思うのだが、こんなに深い森じゃそれも危険だろうという結論になったのだ)

先程から捜索活動を続けているのは私一人だけ。
何故か知らないがまた気絶したらしい私が目覚めてからというもの、ずっと何かを真剣に話し合っている。

何を話してるんだろう。
いつもの変態馬鹿話ではない、とは思う。空気が明らかに違う。

じゃあエンブリオの話だろうか。研究に何か変化が出たとか。
…それだったらもうちょっと坂本のテンションが上がってもいい気もする。
遠目に見た坂本の顔は珍しく真剣だ。…腐肉の方は、ぬいぐるみに変わる表情なんてないからわからないが。

逆にうまく行かなくて、深刻なムードになっているとか？
…それもあまりないだろうとは思う。
今までだってうまくは行っていなかったし、なにより、短い間で得た印象だが、坂本はそういう空気を気遣うタイプな気もする。
二人の間の空気は深刻過ぎて、間に入るのを躊躇う程だ。
深刻な喧嘩だというなら、坂本は私の完全に居ないところでやりそうだ。


…もしかして、この森に来た原因だろうか。
例によって、気絶する前の記憶があやふやになっている私には分からないが。

…確か、この森に来る前に城に入った筈だ。そこで何かあったのだろうか。
……そういえば、ヨドとか言う魔法使いとの約束はどうなったのだろう？
腐肉と私が未だ何も変わらない人質関係にある今、あの約束は失敗でもしたのかもしれない。

……………いや？　失敗した…？

………………ヨドとは、会ったような…？


何かが僅かにひっかかる気がする。
もやがかかって…というか、記憶が細かくばらばらに断片的になり過ぎてまったく繋がらないような感覚。

夢にも近いそのほんの僅かなひっかかりのような感覚は、遠く前方から聞こえる草木が掻きわけるような音で掻き消えた。

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遡るまでも無い、15秒前。

遠く前方の叢から顔を出したのは、狼だった。
ただの野生の狼でも肝が冷えるが、その姿は一目見ただけで全身が凍りつくようだった。
その狼は今まで見た事のある犬や狼なんかよりもよっぽど大きかったのだ。
私の腰程に伸びた草では身体を隠しきれない程に。


目があったのも数秒だった筈が、永遠のように感じられた。
トラックに轢かれそうになったあの感覚に似ている。…最もあれは、感覚の問題じゃなくて魔法だったらしいけど。

止まったように感じた時間は、狼がこちらに向かって走り出した事で再び動き出した。
鬱蒼と生い茂った緑の奥から、駆け寄って来る音がどんどんと近くなる。

空気も読む余裕も無く、なりふり構わず私は腐肉たちの元へ全力で駆けだした。


遠く離れないように心がけていたのは幸いだったが、それでも鬱蒼とした森は足場が悪かった。
急ごうにも足を取られて速く走れない。

背中で大きく草木が揺れ動く音がした。
横目で追えば、狼の巨体が私めがけて飛びかかってきていた。

見えた光景に身体が竦む。

このまま頭からかじられるのだろうか。


そう頭に過ったすぐ、私の腕を何かが這った。
それを目視する暇も無く、その何かにものすごい勢いで引っ張られた私の身体は、勢いのまま宙に浮いて投げ出された。

投げ出された先は、腐肉の後ろの茂みの中。
衝撃は多少和らいだのだろうが、細かな枝が服の上から刺さって痛いのには変わらなかった。
腕から白い骨でできた触手がするりと離れる。どうやら私は腐肉に引っ張られて助けられたらしい。

一瞬前には私が居ただろう叢の中へ勢いよく狼が飛び込んだ。
私と同じく、叢に衝撃を掻き消されてはいるだろうに、ずん、と大きな音が上がった。

助けてもらってはいるんだが、なんだその言い草。
文句の一つでも言おうかと口を開きかけた時だった。


飛び込んだ叢から再び狼が顔を出した。
先程は逃げている最中だったのと遠くからだったのでわからなかったが、
よくよく見れば狼の身体はボロボロだった。背中の一部に、壊死しかけているのか、目を背けたくなるような傷跡が残っている。
…だが、驚くのはそこだけじゃなかった。

そのボロボロの大狼から、私の代わりと言わんばかりに声が聞こえたのだ。

狼が見つめた先は、腐肉の背中。
…確かに、その奥には生ごみだったりわけの分からない骨だったりが入ってはいるが…

…そう喚くや否や、狼の巨体から何か小さなものが飛び立った。

…よくよく聞き分ければ、狼は口もなに一つ動かさずに静かにしていて、声の主は先程飛び立った小さな小さな黒い虫のようだ。

…この飛び方は見た事がある。　…この虫はアレだ。　どこに行っても居る、…