■城内：地下牢にて

　いかな歌姫といえど、地下牢という薄暗い憂鬱さからには気が滅入るのか。
　草原を踏み歩いた様子から比べれば、幾分かの控えめさでいる。
「…じめっとして辛気臭いから、このあたりで一曲…！」
「うん、その心機一転は、ちょっとタンマや。むっちゃ響きそうやさかい、やめとこう？」
「自然のエコーって素敵じゃない？」
「うん、音響装置とは違うやろうけど、ここ地下牢。人工。っちゅーか、地下牢。やめとこう？」
　どうどう、と両の手の平を上げて見せる。
　悲しい歌でもリクエストすれば、それはもう雰囲気たっぷりに響き渡り幽霊な噂とセットで広まるのかもしれないが、そんな評判は彼女にとっても不本意だろう。

「さっきゅんは、たまにまともだね？」
「うん、誉めてくれてありがとうとでも言うたらエエ？」
「ううん、誉めてはないよ」
　さようで。
　誉めずともいいから、謝ろう？との思いが過ぎったりはしたものの、事実だよ！なんて追い討ちが幻聴として届いたので黙っていようか。
　私とて、たまには頭を働かせることもあるのだ。
　と自分に胸を張ってみる努力をしてみたところで、どこか寒々しさが消えないのは、地下牢という場所であるがゆえだろう。
　に、違いない。うむ。

　そんな風に、無邪気との攻防をささやかに楽しんでいたのはどれくらいの時間だったか。
　奥深く歩を進めた先に立ち塞がる、宗教家。なのだろうか。
　あまり、この手の人種には良い印象がない。
　反射的に、うんざりとした顔になってしまう。
　何かというと、悪魔め！と喧嘩を吹っかけてくるのがこの手合いであるせいだ。
　言われてしかるべき理由も根拠も事情も十分を十分に越えて持ち合わせているので、お互いに致し方ないことだとは承知しているのだけど。
　こちらが無用な争いを避ける知恵を身に付けたように、無駄な真似を控えてくれる知恵が備わってくれればいいのになぁ、と思っているだけで。
　しかし、こちらの世界の宗教家は、もしかするともしかして心優しいかもしれない。
　通せない、とか微笑んでらっしゃるけども。
　連れて歩いているのが、三者三様の死者なあたりで、望まぬ蘇生の押し売り商売人なのかもしれない。
　それであれば、あのような格好でいることも納得だ。
　商売には、はったりも大事だろうから。

　つまるところ、どんなに心を砕いてやったところで、その見目と言動から、印象は一欠けらとも良くならなかった。
「トーカよ、歌、解禁してエエで」
「聖歌とか覚えた方がいいかな？」
　観客の多様さに応えようとする姿勢はとてもよいものだ。

　多くの場合は生者への慰めでしかなかったが、死者を慰めることもある。
　私が死者の気持ちを知ることはない、それでも、死者に涙し、死者が涙するかのような様子を少し羨ましく感じた、そんなことを思い出した。

紗智は青ざめたままの表情で、こくこくと頷く。

斜めに構えた帽子からいたずらな笑みが覗く。