久しぶりにタゴサク、ペリーナ、重曹全員と合流した。
　互いの荷物を整理した後は、また別々の進行ルートを探ることになった。

「と、ここも行き止まりか」
　私達は重曹の案内により山岳の奥にあった、小さな屋敷の中を歩いている。いや、重曹は歩いて、歩いて……？　まぁ気にしないでおこう。
　屋敷の廊下は迷路のようで、周りはボロボロだ。お世辞にも綺麗とはいえない。

「モンスターは居るようだが、ここに本当に人が住んでいるのだろうか？」
　この寂れた風景は、そんな不安を募らせるのには十分だった。
　そう言えば、故郷に居た時にもそんな事を考えたことがあったな、と想い出す。
　あれは確か、小姓として働いていた14歳の頃だっただろうか。



　太陽もそろそろ落ちようかと考えそうな、昼下がり。私は主君の命により、人探しに駆り出された。
　その人物は主君の次女ビッカ様、つまり私が未来に仕えるかもしれない人物だ。
　どうやらお昼の勉強の後、姿を消したらしい。
「ああ、ビッカ様なぁ。多分あの古城に居るんじゃないかねぇ」
　主君の護衛を命じられている騎士であり、私の父でもあるタイーク・イートンはそうぼやいた。
　城へ行きたいならば、主君が居る、ビッカ様が普段暮らしているここでいいだろうに、と思ったが、父上の言う事は大抵正しいのでそれに従った。

　小高い山の中腹にあるその古城は、灰色の煉瓦の、下から、横から、そして隙間から、緑色の蔓が伸びている、廃退的な世界だった。
　辺りには静けさだけが残っている。落ちていた小枝をバキリと踏めばその音が数瞬鳴り響くほどだ。
「ここに本当にビッカ様が居らっしゃるのか？」と、私はそう呟いた。

「ん？　いるよ」呑気な、女性の声が響いた。
　灰色の煉瓦が積み立てられた壁から、ひょこりと茶色の長髪が揺れる。傷と皺が全くない肌の上に、白色の薄化粧をしている。ビッカ様だ。
　外へ出る用のなのか、何時も城では着ていない茶色のワンピースを少し汚している。
「居らっしゃったのでしたか。ここは危険ですよ、帰りましょう」
　私はそう呼びかけるが、ビッカ様はそれを気にせずに蔓に触れたりしている。
「だーいじょぶだって、私強いし」と横からごそりと何かを引きずり出している。
「ここに住み着いてた怨霊居たけど、倒せたし」
　引きずり出していたのは白骨体だった。ビッカ様が言うとおり、動く気配はない。
「いえ、ですからそういうのが居るから危険なんですってば！　ここの古城の事は知っていらっしゃるでしょう？」
「知らないはずないでしょ。昔ここを統治していた貴族のお城で、その貴族は暗殺者によって皆殺しにあったってこともね」
　声のトーンを一つ落として、辺りを歩きまわる。
「統治する存在が居なくなったから、私の先祖様が左遷もといここに移された。で、呪いとかを考慮して、この古城はそのまま」

　ビッカ様は蔓の一つをその細腕でブチリと切り、ハラリと下へ落とす。
「悲しいよね。こういうのってさ。えーっと、イートンさんの息子だっけ。あんたはこういうのどう思う？」
「は、はぁ……どうと言われましても」
「栄華とまでは行かないけど、咲いていた花が散り、その花びらさえ残らない、そういう跡をさ」
　私の「帰りましょう」という要望には全く答えられていないが、ビッカ様の真剣な眼差しに負け、少し考えこむ。
「……こういう事にはならないよう、主君や貴女を守りぬきたい、と思います」
「ん」
　その答えに同意したのか、はたまたつまらないと感じたのか、よく分からない低い音の生返事をされた。
「私もこうなりたくないから、強くなりたいな、って思うよ。だからここで偶に修行してるの」
　ビッカ様は指で五芒星を描き、その中央から火を灯している。
「私は貴族だからね。人を統治するみたいな大きな事をする者は、何か大きな事をされる可能性大だし」
「……」
　尚更安全な城へ帰りましょう、とは言っても聞かないだろう、と私は考えそのまま話を聞いていた。
「こういう風景は好きだよ？　普段の城では味わえない虚しさがあるし。でも自分はそうはなりたくないなって」
　ビッカ様はくるりと一回転し、灯された火はゆらりとそれに従っている。
「咲き誇る華でありたい。舞い散る花びらもそりゃ美しいけど、落ちた花びらは泥をすすっていて嫌だし悲しい」
　指先に募らせている火を消し、ビッカ様は自身の胸を指さす。
「あんたもさ、大きい事をする時は、負けちゃ駄目だよ。妥協しちゃ駄目だよ。華が散っても戻りはするけれど、散った事実は戻らないわけだしさ」
「は、はぁ……」
　この時の私は、大きい事、の意が分からずに曖昧な同意をしていた。
　ビッカ様はその生返事を聞いているのか聞いていないのか、背伸びをして言った。
「……長話しちゃったな。帰ろっか」
　帰ろっか、の声のトーンは先程とは打って変わって高かった。
　それを聞いて先程の話を打ち切りたさそうにしている、というのはこの頃の私でもわかった。
「お供いたします」



「やめなさい、ロメオ、ジュリエッタ」
　その一声で、私は現実へ戻ってきた。どうやら、最奥の大部屋には話せる相手が居たようだ。
　彼女らは新王ではないようだが、貴族のような服装、そして何よりも敷地内で平然と居ること、此等が新王と関係があるのでは、と思わせた。
　負けはしない。新王とは如何なる者なのか、会って知りたいからだ。

「力を持つべきか、否かを———」
　私は勝ち続ける。前に進むために。