身体から発せられる音を聴いて、大丈夫だろうかと見つめるものの、大丈夫だとは思えないと同時に思ったり

”あちら”では自由に動くことが出来ない。だから、手駒が必要になる。
今自分の持っている駒の１つは、とても信用できたものではない。
”信用できる手駒”は、この機を逃すともう手に入らないだろう。

そろそろ話を持ちかけるか、あるいは手篭めにしてしまおうかとも考えた。

普通なら、喧騒に溶けたその声に気付くことも無かっただろう。
しかし久藤天郎という男は、混沌の中にあるたった一つの存在をイヤでも理解してしまうのだ。


———彼女にも、帰る場所がある。


そう確信してしまう言葉を、聞いてしまったのだ。

陶器屋に着くまでの道中、買った燻製には手を付けられなかった。

彼女を抱いた時に感じたあの感覚が蘇る。

壊れそうな儚さの中に、ずっと会えなかった”彼女”がいた。
抱き寄せる度に潰れてしまいそうだった彼女を、ミハイユの中に見つけてしまった。
そのせいで素直に欲情出来なかったのだが、行為だけはなんとか果たせた。

飲み込まれそうな欲深さは、少しだけ救いになった。
8年もの間ずっと世界の敵で、自分の一挙一動は拒絶される。
そんな中で求められた、あの一夜だった。

隣で笑顔を見せるミハイユ。その様子は紛れも無く人のそれと言ってもいい。
天郎の中で、彼女が何者であるかの結論はもう出ていた。

少女の抑えていたモノを理解した。苦しみを理解した。
その生き方に興味を持った。
まだミハイユの全てを理解した訳ではないが、少なくとも人であることはわかった。

彼女が人であったのは喜ばしいことだが、同時に少し残念でもある。
むしろ”獣とやら”でいてくれた方が、まだありがたかったかもしれない。
もしもそうして見られたのなら、躊躇無く利用することだって出来ただろう。

今はまだ8年ではあるが、永遠のように続くかもしれない。
そんな”暇”を潰せるのなら、何だっていいのだから。