「……えっ？我が君、今更地下牢に進むんですか……？」

時は遡って数日前の事だろうか。
拠点で物資の確認をしている際の事だった。

「皆に異論がないならば、そのつもりだが。」
「すでに女神の園に拠点は作っていますよね？
　なにも落ちぶれた聖職者の点数稼ぎになんて付き合わなくていいのに。」

あそこは今でも重要な立地なんだがなぁ。
いつのまにかラズロは小僧の中で、
『死者を操る恐るべき司祭』から『窓際部署に飛ばされた哀れな公務員』に格下げされていたらしい。
ルリアンナ嬢からの情報を教えた私にも原罪はありそうだが、
子供と現実とは残酷なものである。

「ラケルトにも同じ事が言えるが、相手は様子見をしているに過ぎん。
　現時点で楽勝だからと侮ると痛い目を見るぞ。」
「でも本気を出した例ってないんですよね？」
「ないな……だからこそ安心して進めるとも言える。個人で挑んだ方が配当もいいし。」
「なんだATMですか。」

露骨にATMって言うなよ。
もしかして私は、こいつの教育を間違えているんじゃないだろうか。

「それにしても、
　イカであれだけ貰った報奨金がすでに底を尽きかけてるってどうなんでしょうね。
　我が君ってわりと派手にお金使いますけど、浪費じゃないんですか？」

私の書き上げていた書類をぺらぺら捲りながら、小僧は口を尖らせる。
物資や装備の詳細が記載されているページを見て難色を示しているようだ。

「使い過ぎだと思うかね？」
「思いますね、大体エンブリオが強いじゃないですか。
　きちんとネクター注いでエンブリオを育てているならば、
　こんなにお金かける必要なんてないんですよ。」

そう言って小僧は胸を張る。
確かにこいつはエンブリオについて詳しいし、
小僧の立場からすると物資に金をかけるのは無駄なのかもしれない。

だが、戦いというものはそんなに単純なものではないのである。

「エンブリオという力があれば、物資は最小限で良いと？」
「そこまでは言いませんが、特別金持ちでもないのにいろいろ用意しすぎです。
　結局は強いエンブリオと優れた戦術があればどうにでもなるじゃないですか。」
「ふむ、そういえば昔そんな事を考えた国が私の世界にもあったかな。」
「……はい？」

比喩のために少し話を飛ばしたので、小僧は首を傾げていた。
まぁ元々は頭のいい子だし、長くなるであろう前置きはすっとばしていいだろう。

「事情はそれぞれ違うが、
　強い兵器や優れた戦術があれば戦争に勝てる、昔はそう考えられていた。」
「……違うんですか……？」
「そんなある時、世界中を巻き込んだ戦争が起こってね。自らの覇権のために皆争った。
　それぞれに武を揃え全力を尽くしたこの戦争、結局一番の勝ちを収めたのはどこだったか。
　それはね、何年戦争しても大きく疲弊しない強固な兵站を持った国だったのだよ。」

どんなに武器や戦術が優れていようとも、
産業の基礎基盤が弱かったり不利な立場にあると結局は負けてしまう。
この例えの場合は地政学的な事情もあるにせよ、
基本的に必要な物資に金をかけることが勝利の方程式には必要不可欠だ。
無意味なコストカットは自分を先細りさせるだけ。

「何年戦争しても疲弊しない国なんてあるんですかね？」
「あるんだな、それが。まぁ必要ないから後の顛末は省くこととして。
　話は飛んだが、必要な物資に金をかける事を浪費とは言わん。
　勿論、使いようのないものに費用を投入するのは娯楽でしかないから、
　どこに投資すべきかは吟味する必要があるがな。」

小僧は難しい顔をする、半分くらい通じていれば御の字か。
この一揆は比較的ボーナスを得るのが容易とはいえ、やはり資本主義の知識は何かと役に立つ。
こいつも父親の仕事を手伝うようになれば、おのずと勉強できると思うのだが……。

「とりあえず、装備は全ての基本だ。
　強度だけでなく質ともに、その能力を最大限発揮できる者は強い。
　エンブリオはその取捨選択に個性が出るが、きちんと装備を作ればいくらでも戦える。
　自由に戦うためにも豊富な物資は必要なのだよ。」
「でも、最近は作製能力が高すぎて強度とか宝の持ち腐れだって噂も聞きましたけど。」
「それはエンブリオの能力によるな。
　では装備とエンブリオの関係について少し話しておこうか。」

そこまで言って、私は大きく息を吸い込んだ。
最近つとに業務に追われていたため、たまにはこういう雑談もいいだろう。
少し休憩するために、今まで読んでいた書類にチェックを入れ文箱にまとめる。

小僧も休憩を悟ったのか、ポットに茶葉を入れ始めた。
私は思い切り伸びをして、どう上手く説明するか頭を巡らせることにした。

◇◇

あたりが紅茶の香りで充満する頃、
小僧は秘蔵のクッキー缶をシートの上に広げていた。
私は机代わりに借りた木樽に肩を預け、一息つく。

「それで、装備とエンブリオの関係なんですけど。」

チョコチップクッキーをひとつ、摘まみながら口を開く。

「言うまでもないですが、エンブリオは大体僕が管理しています。
　装備を作る手配は全部、我が君の役目。
　別々の人間が調整しているのに、影響なんてあるんですか？」
「エンブリオと装備の担当が別々というのは、我らの都合でしかないよ。
　エンブリオというものは、物質の素質まで引き出してくれるらしい。
　いや、契約している人間の潜在能力を掘り起こすというべきか。」

自分でも歯がゆい言葉だなと思いつつ、続ける。

「正直まだメカニズムについては不明な点も多いが、
　極度にネクターを注ぎ育てたエンブリオを持つ者は、
　同じ能力値や装備の別の者と比較しても、優れた戦闘力を有するとのことだよ。
　有志の研究により、その差は装備の能力発揮に依存するのではないかといわれている。」
「同じものを装備しても、効果が違うという事ですか？」
「同じものなのだから、基本的な効果は変わらんよ。
　ただ上手く使いこなせるかどうかは経験によるが、
　経験以外でもひとつ抜きんでたエンブリオがいると装備は威力を増すらしい。
　今後、実戦データを参考にして研究が進むと良いな。」

実際のところ、今は経験則で動いていると言っていい状況だ。
素晴らしい戦果をあげたデータだけが手元にある。

「以前、小川でご一緒した方が居ただろう？
　私達もそんなに弱いわけではなかったが、
　あそこまでの実力の差は、やはりエンブリオの育て方にもあったと思う。」
「ああ令嬢様の所の……今でも時々遊びに来てくださいますよね。」

そう言って小僧はクッキーを口の中に放り込む。
私は質素なボウルに注意深く紅茶を注いでいた。

「とりあえず、装備の性能を引き出せるようにしないとこれから先辛くなるぞ。
　当然ながら敵だって武装しているのだから、どんどん装備を新調してくる。
　立派な装備を作っても、そこらの中古品と変わらない切れ味では宝の持ち腐れだ。
　努力で出来るところはきっちりやっておかないとな。」
「努力ですかねぇ、まぁ力の強いエンブリオを持つと賜りの種類も増えますけど。」

賜りではいろいろ有利な能力を自分に付加することができる。
小僧は曖昧な返事をしながら、
私の注いだ紅茶のボウルをひとつ手に取った。

「強いエンブリオを育てれば高強度の装備も有効に扱えるというのは理解しましたけど、
　それにしても最近の出費は異常じゃないですか？
　我が君は装備の作製が出来るのに、なんで職人に頼んだりするんです？」
「ふむ、そこには新技術の導入があってだな……。
　とりあえず一杯目を飲んだら、新たに説明するとしようか。」

私も熱さを確認してから、ボウルを手の中に収める。
微妙な表情のまま、小僧は熱々の紅茶で喉にひっかかるクッキーを胃の中に流し込んだのだった。
　
◇◇

お互い紅茶を腹に満たして、満足げに一息ついた。
この小僧を納得させるには、もう少し講義が必要のようだ。

「新技術って、何でしょう？」
「今まで装備同士は合成が不可能であると考えられてきたが、
　弛まぬ実験により装備と装備を合成する技法が開発されたんだ。」

相手の反応は生ぬるい。これがどれだけの偉業か実感がないのだろう。

「装備と装備を合成すると、
　基盤とした装備を増強させるこの技術を俗に『装備合成』と呼んでいる。
　物質が作られるのではなく、元となる方の装備を強くするのだ。」
「新しい材料で作った方が早いですよ、今までそうだったじゃないですか。」
「これまではな。ただここから先、性能のいい装備を作ろうと思ったら
　希少な材料を使わなければならない。
　今でも探索で素材は得ることができるが、
　誰にでも必要な基礎能力を上げる素材というものは数が限られてくる。
　供給が需要に追い付いていないのだよ。」

市場をかけずり回って作製の材料を集めている身としては、その苦労は骨身に沁みている。
必要な素材ほど人気があり、高騰するものだ。
数が少なければ、誰もが手に入るわけでもない。

「そこで開発されたのが、この新技術だ。
　装備合成だと別々の効果のものを合成し、新しい効果に上書きすることができる。
　効果の組み合わせ方にもよるが、
　実用的な装備の性能を意図的に作り出せるメリットは大きい。」
「なんというか……夢のある話ですけど、コスパってどうなんですか？
　お金があまりにもかかるなら、諦めた方がいい場合だってありますよ。
　人間、身の丈にあった生活しなきゃ駄目です。」

自分のボウルに紅茶を足しながら、小僧は問う。
コスパという語彙にも驚いたが、不自由なく育った資産家の息子にしては夢がなさすぎだろう。

「コストパフォーマンスか。
　少なくとも、強度も増強できる点においてはペイしていると思うがな。」
「えっ！？装備自身も強くなるんですか！？」
「1と1を足して2になる訳ではない。」
「なんだぁ……じゃあどっちにせよ無駄が出るんじゃないですか。」

一瞬勢いよく喰いついたが、すぐにテンションが下がった様子だ。
そんなうまい話があるわけないだろうに。

「あと、仕上げる工程の関係で、即装備を完成できないのもデメリットだな。
　今まではインスタントで作っていたが、これからはしっかり計画しないといけないね。」
「工程が複雑な上にお金がかかるって、金持ちの道楽のような気がするんですけど……。」
「逆にいえば、工程を踏んで金をかければ確実に使える装備を作ることができる。
　今まではどんなに探索場所を吟味しても、最後、運に裏切られると駄目だったがな。」
「ああ、一度殆どの素材を奪われた後の、
　戦場の探索データを読み込んでた我が君は、ある意味神がかってましたよね。」

あの時は自分で何をやっていたのか、よく覚えてはいない。ただ生きるために必死だった。
出来るならばもう、あんな苦しい思いは御免被りたい。

「……まぁ、装備が大事っていうのは我が君の話でよく分かりました。」

紅茶をもう一口飲み、小僧は大きく息を吐いた。

「それにしても、装備を合成するってどうやるんです？」
「ん？余所はどうか知らないが、うちはいつもと同じだよ。」
「いつもって……どこで合成していましたっけ？」
「アリクイさんの腹の中。」

ボウルを抱え込んでいた小僧が紅茶を噴く。
私は無言のまま布を渡して、この先の采配について頭を巡らせていた。

戦果をあげた一揆軍は、その生産規模を大幅に広げつつある。
人数も順調に増えているとのことだから、たくさんの物資が必要になってくるだろう。
技術が進歩し、取れる選択肢が増える中で私達の進む道はどこなのか。
満点は無理としても、出来るだけベターな方法を模索しなければならない。

地味な仕事だから、なかなか理解は得にくいだろうけれども。
内心溜息をつきつつ、私はボウルに注いでいた紅茶を口に含む。
ほどよい温度の紅茶は、じんわりと体を温めるように喉を滑っていった。


To Be Continued......
　

金髪の少女、シエラは腕を組み直すとあなた達に向かって睨みつけながら言葉を続けた

そういいながら気勢を吐き、片刀に手をかけて突きつけると

と言い放った