——— ページをめくる、めくる。
物語はまだ動かない ———

　魔神ベルフィが作り出した荒野を駆ける。
この先にベルフィはまだ居るのだろうか？

　冒険者の間では情報は疾風の如き速さで伝わる。
最先端を駆っていた幾つかの部隊がベルフィを倒したと言う話は、既にオレの耳にも届いていた。

　新王を倒した時点でこの一揆を継続する本来の意味は失われた。
それでも一揆と言う勢力が未だに探索を続けるのは、ベルフィと言う存在が有るが為である。
世界を終らせると公言し、その力を持つ存在を放置できないのは当然であろう。

　しかし、そのベルフィが倒されたのだとしたら。
もはや世界を終らせる意志を無くしたのならば、今度こそこのメルンテーゼにおける一揆は終わる。
それは物語に例えるのならばハッピーエンドなのだろう。
めでたし、めでたし。

　だが、このオレにとってはそうではない。
冒険者として、自らの手で決着をつける事を望み続けて来たオレにとって、ベルフィと戦わずにこの一揆を終える事は敗北に近いものだ。
逸る心臓に手を当て、足を進める。
まだ、この物語を終らせるわけには行かない。

「物語か…。」

　呟きながらふと、以前僅かな間だけ訪れた世界の事を思い出す。
それは幾つもの本を読み解く世界だった。
生憎、オレ自身は本を悠長に読むのは性に合わないので早々に去ってしまったのだが。
妙に記憶に残る、そんな不思議な世界だった。

（…そう言えば、あの"ダルシャナの事典亭"の亭主もそんな話をしていたな。）

　思えば、この世界も似たようなものなのかもしれない。
無数のPTが無数のベルフィに挑み、今日と言う日に新王を倒す者達が居る。
オレ達を含め、この一揆に参加した者達は皆、僅かに違う世界（頁）を読み進めるのだ。

「…なら、この先にまだベルフィが居ても良いよな。」

　天を貫く炎の巨人、この眼に映るその姿が幻でないことを願いながら、前へ進む。

………
……
…

　荒野を駆ける最中、幾つかのPT、そして冒険者達の姿を見た。
この一揆において僅かに縁を繋いだ者達、そして不思議と良く出会った者達の姿。

そして、眼の前には今日の練習試合の相手が居る。
これまたどいつも見知った顔である。
このメルンテーゼで過ごした僅か二か月と言う期間は、どうにも密度の濃い日々だったらしい。

「過去庭とリリエッタ達…か。」

　二つの強力PTがぶつかる一大決戦の野次馬に出かけたイシカリは何時戻って来るのだろうか。
イシカリの報告を受け、オレは何を感じるのだろうか。

　冒険者を狩り続けた"過去庭"と、人斬りを狩り続けた"エンゼルニャイツ"
オレにはどちらに勝ってほしいという思いは無い。
ただ、どちらもが勝利する結果を望む自分が居た。

………
……
…

「上位種だと？」

　聴き慣れない単語に思わず問い返す。
いや、大凡の言わんとしている意味は分かるので、敢えて問い返す必要も無かったのだが…。

（解説したいって顔をしているからな。）

「…多くの分割世界、その伝承において"神"や"天使・悪魔"と言った存在が語り継がれている。
　それらは皆、一様に人間を遥かに超越した力を持って居る。
　そう言った存在を、人間より明白に上位の力を持つ種族と定義した際の呼称だな。
　不確定な情報が多過ぎるので"読み手"とかもそう分類する場合もある。」

「成程な。……。」

　オレの出身世界においても、世界に起きる事象を数千年以上の単位で予言した者が居る。
それが真実であるのならば、その存在はイシカリの言う"上位種"とやらに当て嵌まるのだろう。

「ベルフィから語られた言葉や、様々な情報を統合すれば、ベルフィなる存在が"上位種"である事は、まあ間違いないだろう。
　あの力は単なる人間や異種族という括りを超越している。」

「…だから挑むなと言うのか？ 今更オレは退く気はない。
　それはオマエも既に分かりきっていると思ったがな。」

　オレの言葉に肩を竦めるイシカリ。

「違う違う。そうじゃない。
　ベルフィが"上位種"ならば、あの菅原と言う娘を助ける可能性にはなるということだよ。」

「…ベルフィが？」

「オマエさんと良く話してる、あのアーシェも結構な無理難題を解く手掛かりをベルフィに期待しているのだろう？
　それと同じだ。この際、ベルフィが回復魔法を苦手っぽいとか、頭悪そうだとかは関係ないんだ。
　"上位種"…それは即ち、我々の常識を易々と飛び越える超越者だ。その存在が既に"奇跡"なんだよ。」

「確かオマエが以前話したな。
　世界の法則をも自由に操る存在の事を……。」

　あの時は、そんな存在が居たら面白い程度の雑談だったが。

「なあ、イシカリ。オマエの本当の目的は、一揆への貢献なんかじゃなく
　その超越者の調査だったんじゃないか？
　何らかの情報から、この世界にその存在が居ると最初から確信していたんじゃないのか？」

「…どうだろうねぇ。
　しかし、単なる人間では生涯御眼にかかる事もない"奇跡の力"をこの眼で見る。
　それは、知識と技術に限界を覚えたネクロマンサーとしては究極の望みかもしれないな。」

　イシカリはオレの問いにふふと笑って見せる。
そしてふと真剣な口調で告げた。

「グレン、私の思惑はこの際どうでも良い筈だ。
　大切なのは、彼女を救える可能性が眼の前にあるという事実。
　それを忘れるな、アンタにとって彼女が大切であるのならばな。」

「……。」

——— ページをめくる、めくる。
物語は知らず知らずに進んでいる ———

　
　　　　　 ため息を吐きつつ、諧謔実溢れる笑顔で応えた。　

　
　　　　　 次は独りで何でも出来る世界が良いわねぇ、と愚痴った。
　　　　　　 軽く、肩を竦める。