長い長い廊下を歩く。
歩き続けては休み、日が暮れれば眠る。
そしてまた立ち上がり、進む。
この道は、王のもとに続いているのだろうか。

考えかけて、首を振る。
ここは城だ、王への手がかりも他よりは多いだろう。
それに道は一本だ。歩き続けていれば必ずどこかにたどり着く。
だから今は、一歩一歩。
確実に己の体を前へと運ぶのだ。

こちらが思わずこぼした笑いに、彼が不思議そうに首を傾げているのに気が付いて。
すぐに、なんでもないのと取り繕った。

言いかけて、言葉を切る。
この先何がどう変わるかわからない、そんな渦中に身を置く今、口にすると少しばかり悲壮感の出てしまう、そんな言葉。
不用意に口にしてしまったそれを振り払うように、ふる、と小さく首を振って、また笑顔を作り直す。

そして差し出した、ひとつぶ。
ちょっとしたほんのりと染まる彼の頬に、己の悪戯心が成功したのを見てこちらも淡く頬を染める。
彼の白い歯の奥へとキャンディが受け止められるのを見て、己も口内の花を舌先で転がす。
甘酸っぱい、レモンのような味がした。

なんつって、と肩を竦めて小さく笑い。
続く彼女の言葉にはゆるりと首を振って、

彼女が笑う様子に、己もつられて喉を鳴らす。
そうやって細やかに気遣ってもらえるのは、くすぐったくもあり、嬉しくもある。
ふと、彼女が男と同じように決められた役割を果たすだけの人物になったらと、想像する。
したけれど、でもその想像は直ぐに霞みと消え、いつも通りの笑顔が浮かんできた。

操り糸を簡単に千切っててちてち自由に歩き出す——そんな、姿を。
思わず、小さく声を上げて笑って。

嬉しげな彼女の額を軽く小突くようにしてから、大袈裟に肩を竦め。
そのまま、ダイジョーブだろ、と根拠もない癖に頷いてみせた。

物語を綴ればそれが世界になるのなら———
彼女が紡ぐ、物語内で語られる化け物の“if”の話に、耳を傾ける。
それと同時、分割世界についてとある人物と言葉を交わした時の、
他愛ないやりとりが不意に頭に蘇ってきた。


ゆるい分割世界なら、自分で作れる。
魔力やなにがしかの力が、どれだけ必要になるかは解らないけれど。


かつて創世者の手で作られたという、ひとつの分割世界のパンフレットを引っ張り出す。
神ではなく、人間の手で生み出された分割世界。決して出来ない訳ではない。
彼女が告げる物語は、“鏡の国”よりもっと遥かに、魅力的に思えた。当然ながら。
その世界が、物語が作り出せたら。男だけでなく同じように思っている異端の仲間が、
幸せになれる道が拓けるのではないかと、そう考えたら不思議と目の奥が熱くなった。

涙は出ない。ただ、その気配だけがする。

可笑しげに肩を揺らす。
ずっと、恐らくは忘れてしまうまで長い間探していた件の剣を、
得るための思わぬ方法を見つけ出してくれた彼女には、何と言ったら良いか解らない。
比較的新しい分割世界ならば、実際に世界を作った創世者に会う事も出来るだろう。
この、戦いが終わった後。あらゆる世界へ旅立つための理由は、山のようにあった。

告げて、調理場へと足を進める彼女の後を追ってゆく。
“ありがとう”の言葉は、短い間にたくさん言いすぎてしまったから。
だからせめて淹れるお茶を美味しく、言葉では足りぬ感謝の気持ちを伝えられるように。


想う。

歌うように呟いて、羽根ペンを持った右手を伸べる。
羽根ペンに宿った光のひとつが飛び出して、くるくると回り始めた。

ひとつ、ふたつ、みっつ。
回るたび、辺りの温度が下がっていく。
吐く息が白くなる。ちらちらと、白いものが落ちてくる。
星まで凍らせるような冷たい風が、サッと下から上へと吹き上げた。
目を開けると、いつから立っていたのだろう。
そこには、白い肌、赤い反物を携えた女がいた。