護りの森で一夜を明かし、その翌日。

「こっちこっち！　ついてきて！」

マオの先導に従いイリス達は森を移動していた。まだ太陽も顔を出し切っていない、朝も早い時間である。
もともと休息のために逃げ込んだ場所なのに、その目的を無視してまで彼女たちが歩く理由の答え、それは——。

「——あった！」
「……綺麗」

眼の前に広がる、美しい泉。
彼女たちは此処を目指して朝早くから移動を決めたのだ。
勿論、此処をキャンプ地とするために。

「水質に異常ありません。飲用も可能です」

泉の前に跪きしばし指を水面に浸けていたアエレアの言葉に、これ以上ないほどの環境が整った場所に訪れることが出来たのだとイリス達は顔をほころばせた。

「これはすごいな……よく見つけたね、マオさん」
「えっへっへー。どんなもんだい！」
「自然由来のものではなく、何者かが作り上げたもののようですね」

前日材料探しの探索中にあちこち駆けずり回りこの泉を発見したマオも、それだけの苦労があったと鼻高々である。
小川が泉に注ぎこんでおり、溢れた分はまた別の小川に伝い流れていっている。
透き通った水面の底には石が綺麗に組まれており、人の手によって創りだされた物だとはすぐに分かった。

「ここならゆっくり体を休められそう。お手柄ね、マオ」
「もっと褒めていーよー！」
「ふふ、えらいわ。……テントを張って、食事の準備をしましょうか。今日は一日、お休みよ」
「いやったー！　ご飯食べ終わったらさ、水浴びしようよ！　さっぱりしたい！」
「そうね。服も洗いたいし……」

砂地を二日探索しただけで平原、水辺を探索していた頃など比べ物にならないほど衣服は汚れてしまっている。
此処で一日、何もかもを綺麗に清算して明日への探索に繋げるのが得策、という考えに誰も異論を持ち出さなかった。

「よし。そうと決まれば大きな仕事から片付けようか。皆さん、手伝ってくれるかな」

手際よくテントの支柱を組み立てながら、ロイも纏まった休息の時間に瞳を輝かせていた。



しばしこの日の休息地を作り上げるのに皆が没頭し、やがて朝食が辺りに良い香りを漂わせ始めたのは大凡８時半ばを回った頃だった。
キアナの村で買い揃えた保存食料はまだまだ十分な量があり、あちこちに自生した野菜を手に入れてくれば、放浪生活であることを忘れさせてくれるような豪華な料理が出来上がる。
賽の目に切ったベーコン、野菜をコンソメでじっくりと煮込んだスープと黒パン。
朝早くから動き通し、働き通しのイリス達は、料理前のお祈りもそこそこに手を付けた程だった。
アエレアだけはいつものようにマイペースで、言葉を失い食事に没頭する三人に首を傾げていたのだが。

「よーし！　水浴びだーっ」

そんなマオの元気な声が響いたのは、それからしばらく後。
お腹いっぱい食べてから、テントの中でしばらくごろごろとしてからの事だった。

「じゃあ、私は少し周囲を見てくるよ」
「気をつけてね、ロイ」
「あぁ、いってきます」

沐浴するイリスやマオに配慮してか、ロイはしばらく周囲を見てくると申し出ていた。
外敵の早期察知や食べられそうな物を探してくる、という名目だ。
イリスもマオもレディと称するには些か幼すぎる外見ではあるが、ロイは彼女らをきちんと一人前の女性として認め、扱ってくれる。
それを嬉しく思っているのは、イリスだけの秘密だ。

「お洗濯は後でいいよね！　まずはさっぱりしたい！」

ロイが木々の陰に紛れて見えなくなったと見るや、マオは遠慮なく服を脱ぎだす。
イリスもご同様だ。最初こそ同姓の仲間に対しても肌を見せるのを躊躇していたものだったが、今はもうそんなことはなかった。
汚れきった服を手際よく脱いで、一糸纏わぬ姿になるのに大した時間はかからない。
朝方の風はまだ涼しげで、心地よかった。

「ほらイリス、おいでー！」
「急かさないでも泉は逃げないわ、マオ」

泉に足を踏み入れてぱしゃぱしゃと飛沫を上げるマオは、心底楽しそうにイリスに手招きをする。

「………………」

マオの明るい笑い声にイリスの控えめでいて上品な笑い声、二つを聞きつつアエレアは、与えられた見張りという役目を黙々とこなしていた。



「自然が豊富なだけあって、あちこちあるな……」

一方、周囲の探索に向かったロイはその豊富な恵みに目を丸くしていた。
大きめのかごを持参してきたものの、既に３分の１が恵みで満たされている。
野菜、果物、野草、どれも旅の上では重要な栄養源となるだろう。曠野の探索を再開する可能性も考慮して、干して保存の効きそうなものだけを選んで入れていてもあっという間だった。

「何回か此処で収穫しておいて、後顧の憂いを断つもよし、か。……初めこそどうなることかと思ったけど、順調な旅路だなぁ」

そんなひとりごとを呟きつつ、ロイはそれに、と仲間たちのことに思いを馳せる。
自分を仲間に誘ったイリスは、初対面での印象を一つも裏切らず、大人の自分が感心しきりなほどにしっかりしたお嬢様。芯も強く、気立ても良い。
貴族の娘と聞くとどうしても高圧的でプライドばかり高い我儘な……とマイナスなイメージばかり浮かんだ物だが、彼女はそれをことごとく打ち砕く人物だった。

「ああいう娘が将来、大成するんだろうな。世の常、世の常。見た目も申し分ないし」

どんな美女に育つんだろうか、などとちょっぴり鼻の下を伸ばすのは、きっと男の性だった。
続いて思うのはマオだ。
イリスとは正反対、やや落ち着きこそ無いが、そんなところもまた魅力だと思わせるほどの元気の良さが彼女の魅力。
満面の笑みと言えばまず彼女の顔が浮かぶほどだ。何時見ても皆を和ませる満面の笑みを見せている。

「マオさんも美人だよなー。すっぴんであれなら化粧なんてしたらどうなるんだか」

スタイルも結構いいよなぁ、とまたもや鼻の下を伸ばすのは、これも男の性だろう。
最後に思うのは、アエレア。

「随分人が変わったような？　ふしぎ、ふしぎ」

ある日を境に突然人間味が前面に出てきたのはイリスやマオは勿論、ロイだって驚いていた。
自分もよく分からない武装を使いこなす謎に満ちた女性。一体彼女は何者なのだろうか。
彼女の武装の強化に付き合うのはロイにとって骨が折れる仕事だったが、まぁなんとかやっていけるだろうと気楽に考える。
やっぱり彼女も美人で、仲間の中では一番のスタイルを誇って目の保養になっているのも加味すれば全く苦では無いのだ。
女性ばかりのパーティに紛れ込んでしまったのは、心底落ち着く事は少ないものの、良いことはあるのだ。

「……ん？　戻って来ちゃったか」

気がつけばキャンプのすぐ傍まで戻ってきたらしい。かごを見ればほとんど満杯状態だから調度良くはあったが、まだ楽しげな声は泉から響いている。

「詰め込めばなんとか……」

くるりと泉に背を向け、森の奥へ足を踏み出——

「なんとか」

そうとしたのだが身体はそのまま泉が見える場所まで前進。

「からだが、かってに」

などと言い訳がましいことを呟きつつ、木々の間から泉を見やる。

「……役得だよね」

心安らぐ時間が短い代わり、そういう役得があるのだ。
そう自分に言い聞かせて、ロイは仲間の沐浴の姿をこっそりと覗き見するのだった。

「おー……」
「それそれーっ」
「きゃ、ちょっと、マオっ」

二人共ひと通り身体は洗って、そのままマオが遊びはじめたらしい。
イリスもまんざらではない様子でそれに付き合っているようだった。
女性らしい膨らみに恵まれたマオに、まだ子供としか評せない細身のイリス。

「……マオさんは文句なし、イリスさんも将来有望、かなー」

しばし二人の裸を眺め、そう評して、気づく。

「……。い、いやいやいや」

いくらなんでもガン見し過ぎだ自分、と戒めるもすぐまたその様子をじっと見てしまう。
自分について何の記憶もなかったが、此処に来て一つ自分についてロイは確信した。
多分ロリコンの気がある。

「ほぉら、捕まえたっ」
「捕まったーっ！　もう掛けたりしないって、許してー」

戒め、ガン見。
何度その繰り返しを続けたろう。

「……ん？」

何か、後ろで。

「……あ」

獣の唸り声が——。

「……！！！」



がさり、と茂みから大きな音が響いて、イリス達三人の視線が一斉にその音の方角へと向けられた。

「てっ……敵だっ！　ごめんなさい！」

そこから飛び出してきたのがロイであり、次いで彼を追いかけて突っ込んできた獣と小悪魔、歩行植物であると認識した瞬間、イリスは大声を上げた。

「アエレア！　そこのタオルをあたしたちに投げて！」

間も無く二人分のバスタオルが宙を舞い、イリスとマオは手早くそれを体に巻き付け肌を隠す。
先ほどまでマオと仲睦まじく遊んでいたイリスの表情は険しく引き締まり、蒼い双眸が冷たく敵を睨んでいた。

その様子を見ながら、関心したように

己の未熟さを恥じるように声は小さく、しぼりだしました

＞蒸気の国

＞魔法

＞旅のきつねさん

＞お勉強のこと（？）

笑みを浮かべるアエレアに対して、明らかに嫌そうな顔。
勉強に対してなにやら嫌な思い出があるのかもしれない。

生を学ぶなど途方もなきこと。それを知ってか知らずか、さも能天気にこういってのける。

＞エンブリオのこと

技に話題が触れると、さも可笑しそうに笑いはじめて

＞ロイのこと

ループタイとその留め具がマントに隠れつつも存在をアピールしていた。
新しい玩具を買ってもらった子供のようにくるりと回って見せびらかすが
目立つのはマントばかり。

イリスもマオも、アエレアから投げてもらったそれぞれの武器を受け取れば、準備完了といった様子で敵を睨む。

……どうやらその格好で戦うらしい！

タオルが外れないよう固定して、少し引っ張って確認。
さらにマントを顕現させ、背後からは見えないようにする。
これで完璧、大暴れできる。