※突貫組と別れてからの話。イェジ視点です



募集の声に応じて、ミハウと嬢ちゃんが踏み込んだのは、城内の広い調理場。
王が住まう城の中にあるとあって、その規模もでけェ。
料理人の代わりにしちゃ、悪趣味なエンブリオ交じりの魔物らを蹴散らして、
臨時で集まった奴らに別れを告げた後、俺たちはまだ此処に留まっていた。

戦闘の間に、既に日は落ちていて、他へ移動するには適さない。
それに、この先がどうなっているか、ミハウも嬢ちゃんも、全く知らねェしな。
そういうわけで、今日は此処で夜を明かすことと相成ったわけだ。

で、だ。それはまァいい。
問題は、あの馬鹿だった。

戦闘で拾ったものの整理をしている嬢ちゃんとウルヘアの向かい。
先に整理を終えたらしいミハウは、いつものように手帳を広げているものの、
ペン先は空に止まったまま、ちらちらと辺りを見回している。

平和な時分なら、忙しなく宮廷お抱えの料理人たちが働いているであろうこの場所。
戦闘の後で少々汚れてはいるが、手入れの行き届いた室内には、様々な調理器具が並び、一通りの設備が設えられている。
この場所の安全は先程、念入りに確かめておいた。それでも、ミハウは辺りを気にしている。
……いや、気にしているというよりは、気になっている、といった方がいいかもしれねェが。


「おイ」
「！」


声を掛ければ、面白いほどに肩が跳ね上がる。
弾みで、ペンを取り落としそうになって慌てるミハウに、嬢ちゃんも顔を上げた。


「どうかした？」
「あ、いえ、その……イェジ、何かあった？」
「何かあっタのはテメェの方だろウが阿呆。さっきから落ちつかねェ野郎ダな」
「え、あ、……気付いてたのか」


意外、と言いたげだが、あんなの誰にだってバレバレだろう。
ピィ、と一声、ウルヘアが鳴く。
ミハウ達にはそれだけだろうが、俺には「気付くも何も、分かりやすいのう」と聞こえた。
分かりやすいっつーか、相変わらず鈍いっつーか。


「そらァ、あンだけきょろきょろしテりゃ目につくに決まってンだろ」
「何か、気になることでもあるの、ミハウ？」
「ええと、……、その、ちょっと、周りの設備が気になって」


あれの何処がちょっと、なンだ。
興味津々、と言わんばかりの面してた癖に良く言う。


「設備？」
「ええ。さっきまでは探索だ戦闘だって集中していて、あまり気にしていなかったのですけど……」


言葉を切って、辺りへ目をやる。つられて、俺らも目をやった。
竈（かまど）に流し台、オーブンに氷室。
ミハウの故郷にいた頃、あいつの家に揃っていたものと形や大きさは違えど、同じ設備が揃っていた。
恐らく、一揆が始まってからも、度々使われていたのかもしれない。
先の戦闘で若干汚れてはいるが、少し掃除してやれば、まだ十分に使えそうだった。


「落ち着いて良く見てみたら、流石に城の中だけあって、良い設備が揃ってるな、と思いまして」


そうなのか。……見たって、さっぱりなんだが。
つか、この世界での設備の良し悪しなンざ、俺にァわかンねェ。
嬢ちゃんも不思議そうに首を傾げている。


「で？」
「え？」
「テメェのことだ、そンだけじゃねェンだろ」
「あ、ええと……いや、その……」


言いよどむ。
何となく想像はつくが、無言で先を促せば。


「……ちょっとだけ、使っちゃダメ、かな、って思いまして」


いつもの、困ったような笑みと共に、思ったとおりの言葉が発された。


　*　*　*


——十数分後。



……まァ、容易に想像は出来ることだった。

あいつの趣味、というか、特技が料理で。
それに関しては、あいつは妙に凝り性で、一切手を抜かないこと。
そんで、此処は恐らくこの世界でも最高水準の道具と設備が整った調理場。
荷物袋には、夕飯用の食材。

ここまで条件が揃っていて、これで何も起きないわけがなかった。

広い調理台の片隅をテーブル代わりに、適当な布を敷いてテーブルクロスに。
部屋の隅にあった椅子を引っ張り出し、引き出しを探って見つけたカトラリーを並べ置けば——即席の食卓が出来上がる。
ンで、俺ァ、その椅子の上で、いつかの時のように、料理をするあいつの背中を眺めているという次第で。


「コトカ、オーブンを見てもらっててもいいですか？　その間に、こちらを仕上げてしまいますから」
「ええ。野菜の切り方は、これでよかったかしら？」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」


奴の傍らで嬢ちゃんも手伝っているが、誕生日の時のように驚いている風ではなく、
嬢ちゃんの言葉にするなら「本当に料理が好きなのね」とでもいうような視線を向けている。

それを知ってか知らずか（多分気付いてもいねェ）、調理をこなす姿には、ひとつの迷いもよどみもない。
最初こそ、設備や道具を触るのも恐る恐るではあったが、
次第に慣れてきたのか、常の調理風景と変わらないほどに手際が良い。
十二分に腕を振るえる場所に居る時のあいつは、正に水を得た魚ってのがしっくりくる。

……こいつの料理好きたァ、計り知れねェわマジで。

ことん、と音を立てて、目の前に二つの皿（これも戸棚を探って見つけた）が置かれる。持ってきたのはミハウだった。
大皿に盛られていたのは、メインだろう、彩り鮮やかな肉野菜炒め。醤油の香りが食欲をそそる。
もうひとつの、やや小さい皿には、いかげそのから揚げ。見た目は良くはないが、酒のつまみにァ丁度良いモンだ。これは、街に居た頃に教えたような気もする。パンに合うかはしらねェが。
主食用の、固く焼いてあった丸パンは軽く温めて、食べやすいように半分に。
その他にも、小さな深めの器には、薄く切った野菜を、これも醤油ベースの合わせ調味料に浸して作った、即席の浅漬け。その隣には、フルーツを和えたサラダに、トウモロコシの粒をバターで炒めて作った付け合せ。
スープカップに注がれた塩味のさっぱりしたスープには、薄切りの鶏肉とネギ。
それに、茶を入れたポットとカップ。そろそろ飲める頃合だろう。


「あとは、……あれが焼ければ、食べられるかな」


ちらと見る先は、壁際のオーブン。そこで最後の料理を焼いているらしい。
嬢ちゃんが見ているのを確認して、ミハウは作業の邪魔にならないように首に巻いていた髪を解いて下ろす。
ふう、と息をついた奴の顔は、至極満足そうに見える。随分と楽しかったらしい。


「……、なァ」
「ん、何？」
「ちっと、作りすギじゃねェの」


そう言えば、目を瞬かせた。
緑の視線が食卓を一瞥して、首が傾ぐ。


「そう、かな。今回は、手持ちで出来る範囲のものしか作ってないよ、……もっと材料があれば、きっとまだ色々できそうなんだけど」
「そこで残念そうにすンな。まだ作る気だったンかテメェ」
「ええと……まあ、出来ることなら……」
「阿呆か」


この料理馬鹿が。
嬢ちゃんの誕生日の時のように、前もって準備が出来たわけではないにしても、
ようやるわと思う程度に、即席の食卓は器で埋まっている。


「ピィ！」
「ミハウ、出来たわ」


ウルヘアと嬢ちゃんの声に、ミハウがオーブンの方を向く。どうやら焼きあがったらしい。
扉を開いて、鍋掴みをはめた嬢ちゃんがそっと器を引き出す。


「あ、熱いですから、私が」
「大丈夫よ、これくらい持っていけるから」
「……、では、お願いします。でも、気をつけて」


近づくのをやめたミハウは、他の皿を少し寄せ、オーブンから近いスペースを空けると、鍋敷き代わりの布を敷く。
嬢ちゃんは持ってきた取っ手付きの深皿を、そっとその布の上に置いた。
香ばしい匂いを漂わせていたのは、芋を薄く切った上にチーズを乗せて焼いた、芋のチーズ焼き。
ほどよく焼き色がついて、……美味そうではあった。


「ありがとうございます、コトカ。色々手伝ってもらってすみません」
「構わないけど……盛りだくさんね」
「一応、今日に割り当てた分の中で作ったつもりだったんですけど……つい。さ、座ってください」


皆それぞれ、席につく。
品数はあるが、まァ、この人数で食いきれないことはないだろう。
くう、と今更、小さく腹が鳴った。
カップに茶を注ぎ、皆にそれを配ってから、おもむろにミハウが手で料理を示し。


「じゃあ、冷めないうちにどうぞ」


その言葉を皮切りに、いつものように、夕食は始まった。


——近づく足音には、気付かないまま。



E-No.1196　コトカ・ラヤヤルヴィさんをお借りしました。

　落ち着かないらしい。
　いつも傍にいるイヌワシも、風に紛れている。

口元に手を当て、考えている様子

冗談のような口調だが、真剣な表情のまま

ふーと長く息をついて、どちらかと言うとため息に近く

　目の前の彼とは反対に、すぱっと言い切っていた。

　しかしやっぱり、初対面の時のことは、思い出すとどうにも微妙な気持ちになるらしかった。

　当人たちがいれば抗議されそうな気もしたが、冗談交じりにそう言った。

鎖の擦れ合う音を立てながら、武器を構える。
多くの敵を前に、いつもより深く息をして。

　イヌワシは、少女を守るようくるりと回り。
　少女は武器を構えた。

案山子の背後に黒い旗がはためく。