「どうした？」



自分を見つめるとき、彼の瞳は三日月のように細まる。
自分を見つめるとき、氷の瞳は温度を持つ。
その瞬間が大好きで思わず息を詰めてしまう。

「・・・・・・なんか夢を見た、かも。」
「どんな？」
「覚えてないけど、苦しかった。」

大きく深呼吸をしてしがみつく。
妙に甘えん坊だね、と含み笑いに見上げれば。

満月に照らされた黒い影。
三日月だった彼の瞳も満月のように輝いて———

・・・・・・満月？いつの間に夜になったんだ？

そう思ったけれど、何故だか目を開けていられない。

「それとも」

そのまま意識が深い闇に落ちていく、ちょっと前。


「イチジク、寝ぼけてるの？」



からかう様な彼の声を、聞いた気がした。







星屑がきらきらと瞬く山の中腹。


「三匹そろうと圧巻だなぁ。」
「ご飯足りるかな。」

ねこっぱちが契約したての3匹のワイバーンの周りを８の字を描くように飛び回る。

「メルンテーゼにきてから契約が順調だよな♪」
「うん、移動してよかったよ。早くノルマ達成しないとねー。」
「まぁ、オレの魅力の前には問題ないな。」
「そうだね、ボクの方がかわいいけどね。」
「お前、相変わらず戯言・・・」
「それはいつもイチジクでしょ〜。」

ねこっぱちのまぁるい瞳が急に妖しげに光る。
得体のしれない威圧感に、息が詰まる。

「それとも」

蝙蝠のような翼の羽ばたく音。
水色の闇に意識が引き込まれる。


「イチジク、寝ぼけてるの？」







小さな桜の花びらが漆黒に包まれた肩にかかる。
きれいだな。
息をすることを忘れて見とれてしまう。

「さっきから、心ここに在らずだ。」

咎めるような声に我に返る。
そんなことはないと頭を振る。

黒の化身なのにふんわり暖かい。
闇の気配なのにお日様の匂い。
星の無い夜空に雲の無い青空。

矛盾だらけの存在だけど大好きだ。
孤独なのにずっと一緒を誓った。

「見とれてたんだ。」
「どうしたの、突然。」

嘘じゃない。
こうして、ずっと見とれていたい。

首に腕を巻き付かせるように抱きつく。

一秒でも長く一緒に居たい。
長く、居るために。

力を込める。

「イチジク？」

無意識につきたてた爪に、彼が身をよじる。

「本当にどうしたんだ？」

慌てて手を離せばやさしく頭を撫でられる。

「それとも」

目を閉じてはいけないと思うのに、ゆっくり瞼が落ちていく。
嫌だと思うのに、あやすような声に抗えない。


「イチジク、寝ぼけてるの？」







「ぶっ。確かに光り過ぎ！」

ねこっぱちの笑い声に九は我にかえる。

「ああああああああ、きさまぁぁぁ！！！」

ふわふわなワタアメのような髪に光の粉が細かく散っている。
これを取り除くのは大変だろう。

「・・・・ん？」

薄紅の髪を一房握り締めたまま、九は首をかしげる。

「オレ、昨日、髪を梳かして取り払ったはずじゃ・・・」
「夢じゃない？」
「夢？」

ねこっぱちの言い草に、九は急に不安に駆られた。

「そう、夢。」

不自然な距離を置いたまま、ねこっぱちは珍しく笑みを浮かべる・・・・歪んだ笑み。

ぞわり。
ふだん見ない表情に、九は立ちすくむ。

「どうしたの〜イチジク？キョドってるけど。」
「ど、どうもしな・・・」
「何が現実か、わからなくなっちゃったぁ？」

ニタリと嗤う。

「それとも」


微かに吊り上がった口元から覗く歯はギザギザの。

息が止まる。



「イチジク、寝ぼけてるの？」








「——・・・・っぷは！」

星屑がきらきらと瞬く山の中腹。
飛び跳ねるように起きた九は何度も大きく深呼吸をする。

「あ、気がついた？ずっと気を失ってたんだよ〜。」

頭の打ち所が悪くて昏倒したのだとねこっぱちが言う。
確かに頭が痛い。
うっすらと汗ばんだ額を押さえる。

「・・・・・・なんか夢を見た、かも。」
「どんな？」
「覚えてないけど、苦しかった。」

自分の発した台詞にかすかに違和感を覚えて、眉を寄せる。
そうなんだ、とねこっぱちは肩をすくめる。

「まぁ、頭打ったんだし、ゆっくり休んで。今回は相手が悪かったよ。残念。」

あまり表情が見えないためそんなに残念そうに見えないが、尻尾が下がっている。

「え？あれ？ワイバーンは？」
「何とか逃げられました。」
「逃げ・・・? あれ？捕まえたんじゃ・・・」
「捕まえるどころかやばい感じだったんだけど、むしろ。」　

よく見ればねこっぱちもスフィアも、いつも以上によれよれしている。

「うーん、打ち所悪かったかな？これ以上頭おかしくなると困るなぁ。」
「・・・・んだと、こるぁ？！」
「それとも」


イチジクはビクリと体を強張らす。


桜の花びらが舞う。
闇に光る三日月の瞳。
口元から覗く犬歯。
風になびく漆黒の———



急に息苦しくなる。



「イチジク、寝ぼけてるの？」


うまく、息、が。





「・・・・・な〜んてね！」