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ノウァ・ルーナ

鏡の悪魔テーセウスさんによって蘇ることができた、フィーの生まれ変わりの悪魔。
鏡界を操る力を持ち『異送鏡』という過去でも何処へも行ける鏡の持ち主。
現在、ナナさん（E№8）の兄であるメイガスさんに魔術商会を託され後釜を務める。
鏡の分身を用いて、魔王であるオリフィア（E№457）と接触しているが、彼女との因果関係を知るために絵本『魔王と森の魔女』を読みなおしている。

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　『魔王と森の魔女』の絵本の続きを読むため、私は椅子に腰掛けると栞を挟んだ本を開いた。
　本の中に吸い込まれるような感覚には未だに抵抗はあるものの、オルタンシアの意識が切れるタイミングでは帰還できるので不安は殆どなかった。
　自分が絵本の中に入るより、絵本の中の登場人物を呼び出すほうが効率が良さそうだと、金髪の少女のエリカと、翼を持つお人形のアニマをふと羨ましく思った。
　絵本の登場人物を呼び出すことの出来るアニマが、エリカに頼まれてこの本を読んだからどうなるのか興味はあった。
　だが、深雪の話では、特定の人物にしか読めないように魔法が掛かっているということなので、アニマも読むことが出来ないかもしれない。
　人を頼りにするより、まずは自分でこの本にあるオルタンシアの記憶を探るほうに集中しよう。
　私は自分にそう言い聞かせると、意識を集中して本の中の世界へと誘われていった。

　オルタンシアの歓迎会から、一週間ほど経ったある夜。
　新月に近づき日に日に細くなる月の光をオルタンシアが眺めていると、一匹の蝙蝠が部屋の中に飛び込んできた。
　蝙蝠は床に着地すると、立ち籠める黒い霧とともに黒衣の男の姿に変わった。
　
「ククク。うまく城に入り込めたようだな、オルタンシア。」

　吸血鬼のシュヴァルツは、やけにスタイリッシュなポーズでオルタンシアに話し掛けた。

「何しに来たの？シュヴァルツが見つかったら、せっかくの計画も台無しになるわよ。要件があるなら、手短にしなさい。」
「お前が人間に懐柔されていないか、万が一の事を考えて偵察に来たまでだ。魔王様を復活させる儀式の為にお前はここにいる……忘れるなよ。」

　シュヴァルツに言われるまでもなく、自分の使命は分かっている。
　だが、ヴィオレット王国の人々を見殺しにする事に抵抗を覚えていることも事実だった。
　特に、自分に好くしてくれている王女のオリフィアと、王子のユリシスが魔王の糧になる事を考えると胸が締め付けられるように苦しくなる。

「忘れてないけど。万が一、私が儀式に失敗して魔王様を目覚めさせる事ができなかったらどうするつもりなの？」

　オルタンシアの問いに、シュヴァルツはクククと笑うと、大げさにマントを翻してふんぞり返った。

「失敗を想定して、儀式に挑む馬鹿がいるか。だが、安心しろ。オルタンシアが儀式に失敗しても、新月が終わるまでに我々闇の眷属がヴィオレット王国に攻め入り、魔王様の身柄を確保する。魔王様の糧に手を出すつもりはないが、抵抗するならば多少の犠牲は止む得まい。」
「……つまり、私が儀式に成功しても失敗してもヴィオレット王国は滅びるのね。」
「ククク、そういう事だ。だが、オルタンシアの結界術には十分期待しているぞ。失敗を恐れず、使命を果たすがいい。」

　オルタンシアが弱気になっていると勘違いしたシュヴァルツは、彼なりの言葉で彼女を精一杯励まして肩を叩いた。

「さて、人間に見つかる前に私はそろそろ失礼しよう。魔王様復活の日に、再会するのを楽しみにしているぞ！我々闇の眷属の復興はもうすぐだ、フゥハハハーハァー！」

　シュヴァルツは大げさにマントを翻して窓から飛び出すと、一匹の蝙蝠の姿になってパタパタと森の方へと飛んでいった。
　シュヴァルツの姿が見えなくなるのを確認すると、オルタンシアは窓を閉め切ってベットに仰向けに寝転がった。
　オリフィアの誕生日に、闇の眷属が攻めて来ることをユリシスに伝えて迎撃して貰うことも考えたが、シュヴァルツの率いる闇の眷属達がどれ程の規模なのか想定がつかない。
　オリフィアとユリシスに真実を告げ他国へ逃すとしても、国民を見捨てて逃げるという選択をあの優しい兄妹がする筈もない。
　魔王復活の儀式を行っても行わなくても、ヴィオレット王国は滅びる。
　国の崩壊を知りながら、自分では止められない事に、オルタンシアは落胆した。
　
「……そうだ、私が逃げよう。」

　結果が変わらないとしても、目の前で悲劇を見るよりは辛い思いをしなくて済む。
　オリフィアやユリシスと過ごした日々は、時が来ればきっと忘れられるだろう。
　オルタンシアは旅立つ支度を整えると、部屋の窓からロープを降ろして城から出ようとした。
　
「オルタンシア、何をしているの？」

　下の階の窓が開くと、ロープにしがみついて降りてくるオルタンシアをオリフィアが見上げた。

「……なんで、オリフィア様がそこに。」

　冷静を装いつつ地上に降りたオルタンシアだが、オリフィアの顔をまともに見ることは出来ず目を逸らした。

「もしかして、何処かへ行ってしまうつもりだったの？嫌な事があったなら、何でも言ってくださいね。オルタンシアが我慢する事なんて、無いんですよ。」

　オリフィアはドレス姿にもかかわらず、窓から身を乗り出してオルタンシアの元へと駆け寄った。

「あ、いえ。私には勿体無いぐらいの待遇ですし、ユリシス様やオリフィア様にも十分好くしていただいています。それとは別に、そろそろ旅立とうと考えていた事でしたので……お世話になりました。」

　あまり上手い嘘がつけない自分に歯がゆさを感じつつも、不自然ではない言葉を選びオルタンシアは丁寧に頭を下げた。

「急ぎの旅ではないのでしたら、もう少し此処に居てくださいませんか？オルタンシアと仲良くなれたばかりなのに、もうお別れするのは悲しいです。」

　オルタンシアが顔を向けると、オリフィアは今にも泣きそうな表情でじっと見詰めた。　
　目を潤ませたオリフィアが寄り添ってくると、オルタンシアの決心はあっという間に揺らいでしまった。
　
「あ、ええ……それでは、もう少しだけご一緒させて下さいますか。改めてよろしくお願いします。」

　オルタンシアがぎこちなくオリフィアの肩を撫でると、幸せそうに目を細めて彼女は微笑んだ。

「あはー、ありがとうございます。オルタンシア……私、もう少しで誕生日なんですよ。オルタンシアも一緒にお祝いしてくれますか？」
「あ、えっ……！？」

　オリフィアの言葉に、オルタンシアは動揺して言葉を失った。
　オリフィアの誕生日こそが、魔王の目覚めの日。
　その日は同時に、ヴィオレット王国の滅びの日でもあるのだ。
　真実を告げられないオルタンシアだったが、オリフィアにとって最高の日になる筈のお祝いを断る理由も見つからなかった。

「……はい。」
　
　うなだれ気味に返事をしたオルタンシアに、オリフィアは慌てた様子で手をパタパタと交差させた。

「あっ、プレゼントなどは気にしないでくださいね！オルタンシアと一緒にお誕生日を迎えられるだけで、私は嬉しいんです。」
「はい。でも、オリフィア様に何かプレゼントを考えておきますね。オリフィア様が喜んでくださるのは、私も嬉しいですから。」

　オリフィアの誕生日までに、滅びのシナリオを回避する方法を見つけなくてはいけない。
　魔王を復活させずにオリフィアを救う方法を、オルタンシアは探し出そうと心に決めた。　
　
　
　オリフィアが眠りについてから、私は元の世界へと意識を戻した。
　オルタンシアの今後の行動は気になるが、見ている私の精神疲労もそれなりに高い。
　私は栞を絵本に挟むと、絵本を抱えながら近くのベッドへ身を投げ出した。
　次にこの絵本を読む時には、魔王の封印についての記憶も辿ることができるだろう。
　オルタンシアが森の魔女だとして、何故彼女がヴィオレット王国の人々を木々や動物に変えたのかも知る事ができる。
　数百年前の絵本の話が、今の自分に関わりを持つことに神秘めいたものを感じつつも、どんなに運命に抗ってみても、舞台装置の歯車の一つでしか無いような虚無感が襲い掛かり、あっという間に私の意識は闇へと落ちた。

さりげなく酷い事を言っている。
　

左の手のひらに何か、文字が浮かび……古い練金術の書物で見かけた様な文字である。
そして右手の指先を差し込み、取り出したのは水筒。中身は冷たい牛乳のようだ。

たぶん『WANTED』の事を言っているのだと思う。

と、奥のうさぎの着ぐるみに気が付く。うさぎのぬいぐるみにも気が付く。

わかったような顔をする。