「…なるほどの。」

ガーゴイルの話を聞くと，2〜3ほど納得したような顔で頷くクロカネ。

曰く，今なお燻る　自身の中にある感情を知りたいと。
曰く，今も続く　自身の中にある違和感を知りたいと。

そしてひとつだけ確かなもの。


「そう。私は，私として生きたいのだ。
　クロカネ殿ならばわかってくれると思うのだが…」

ガーゴイルは自分の意思を述べるも，心底申し訳なさそうにしている。
よもや守るべき主を，生まれた自我を以て契約を破棄させているのだから。
ガーゴイル自身もそれには戸惑いを覚えるようで，何故私はこんな事を…と会話の間に頭を抱えている場面も見受けられる。

「ガーゴイル程の混乱は無かったが，その気持ちはよくわかる。
　今まで持っていなかったものを突然持ってしまったのじゃ…混乱は仕方なかろう。」

あくまでも混乱を助長させぬよう，慎重に言葉を選ぶ。
徐々に発現はしていたものの，ソレ自覚をした瞬間に，自我を持つことに少なからずの混乱をしているガーゴイルは…ほんの些細な一石で精神が崩れてしまう恐れがある故だ。クロカネも短くない時間を妖怪屋敷で過ごしている。同じ事態に陥った仲間たちを少なからず見ているゆえの配慮であった。

「シロよ。おるな？」

どこからともなくとりだしたスマホへ向け，一言。
すると真っ白で尻尾の毛が妙に長いポメラニアンがするりとスマホから抜け出てくる。
半眼であるため，睨んでいると誤解されてしまうことがあるが，生まれつきであるので仕方がない。

「何か用カな？」

クロカネの肩にしがみ付き，合成音声のような声で答える。

「葵に至急連絡をしてくれい。
　付喪神の成りかけを助けるためとな。」
「うン！　了解シたよ！」

ご機嫌に返事をすると，勢いをつけてスマホへ飛び込むシロ。
その姿は，出たときと同じくするりと画面の中に入っていた。

「ガーゴイルよ，これからお主を俺やその仲間たちの住む世界へ連れて行く。
　これから従者長である妖怪が迎えに来るゆえ，指示に従うといい。
　…指示ではないな，訂正しよう。」

言葉を切ると，ぽんとガーゴイルの肩の部分へ手を置く。

「言うことをよく聞いて学べ，ガーゴイルよ。」

その声と言葉は，ガーゴイルの中にある何かに沁みていくような気がした。
それは，どこかふわりとして…暖かい，ものだと理解した。

「俺はしばらくここで仲間である他のエンブリオたちと戦い続けよう。
　ガーゴイルは，戦闘ではないが…自分自身と戦って，自分を知るがいい。」


これは何なのか，とガーゴイルは声に出さず自問する。
この，あふれそうなものは。
この，感情は。


「また会おうぞ。
　自身を知り，周りを知り，感情を知った後での。」

にこりと，クロカネが笑んだ。
その瞬間…

「あ，珍しいシーンを見た気がするよ。」
「本当ダね，クロカネガ笑ウなんテ。」「失礼な事を言うのォ…」

ショートポニーテールに赤いアンダーハーフリムのメガネをかけた少女が，いつの間にかそこに居た。
肩には先ほど出てきたシロがしがみ付いている。

「おお，来たか葵。シロもご苦労様じゃの。」
「やっほー。
　で，この子が？」
「うむ，新しい家族じゃ。」

ガーゴイルに向け，無邪気に笑う少女が，よろしくねーと声をかける。
傍目には人間にしか見えないが…



「おっけー。それじゃ，つれて帰るよ。」
「よろしく頼む。これが媒介じゃ。」

そういうと，クロカネは先ほどまでガーゴイルが宿っていた金属性アクセサリーを少女に渡した。
少女は満足そうに頷くと，
ガーゴイルにそれを向ける。


「じゃあ，ちょっとの間この中に入っててね。
　すぐに済むから。」

契約を切った自分が，そこに入れるのか…と，不安げにクロカネに視線を向けた。
クロカネはうむ，と頷く。
それを信じて，ガーゴイルはそれに触れるためにゆっくりと飛んで移動し…


もう一度だけクロカネと向かい合うと，そのアクセサリーへと吸い込まれていった。

「よっし，問題なさそうだね。
　それじゃ帰るよ，まだまだ仕事はたくさん残ってるしねー。」

誰か手伝いしてくれないかなー，と従者長たる少女…葵は口を尖らせる。
しかし，それは彼女自身が望んで進む道である。

「急なことを頼んで済まんな，この礼はいずれしよう。」
「じゃ，駅西のスペシャルプリンで手を打つよ。
　ちゃんと買ってくれないとダメだよ？」
「…また高いのぉ…　ガーゴイルよ，この娘の言は3割程度に留めるがいい。」
「うわ，それひっどーい！？」
「ガーゴイルを混乱させる可能性が極大の葵にはそれで十分じゃ。
　達者でやれよ。」

ぎゃーぎゃーと文句をくれる葵をスルーしつつ，ガーゴイルへの言葉を送る。

「むー。いいもん，いいもん。」
「俺の数倍生きている元神がむくれるでない，示しもつかんじゃろ？」
「知りませんー，こっちでそれを知れる子いないもーん。」

そういってくるりと背を向けると，ガーゴイルの入ったアクセサリーをクロカネに見せるように手に持つ。

きらりと陽光が反射し，それはまるで…


「それじゃ，こちらの事はよろしくね。
　この子はちゃんと責任もっていろいろ教えとくよ。」
「うむ。頼むぞ，葵よ。」



またねー，と元気良く手を振って葵は姿を消した。
やかましかったのぉ，とクロカネはため息を軽くつくと空を見上げた。
今日は，素晴らしい青空である。


先ほどの陽光が反射した瞬間。
無機質でできた魔法生物が，表情が動きもしなかったはずなのに，笑ったような気がした。

不器用だが，嬉しそうな笑みを浮かべたような…そんな気が。