—ただの日記—





—○月×日—


木々をなぎ倒しながらひたすら爆走する。

ホワイトタイガーとも契約し旅は順調であった。

—○月△日—





いつもどおり森林を爆走する俺たち。
そんな俺たちの前に突然人が立ち塞がったある昼下がり。



「停まってぇ！」


大声ととも軽トラの進行方向に飛び出したのは小さな少女だった。

ここまで俺の冒険記を読んでくれた方々には周知の事実だと思うが、俺は紳士である。
女の子の頼みとあれば、自分の身を省みずにそれに応える。
紳士として当然のことである。

だから、俺はもちろん全力でタイガーのブレーキを踏んだ。


「停まって」といわれたらどんな無理な状況でも停まってみせる。それが紳士だ。


だから、急ブレーキの衝撃で俺がフロントガラスから吹っ飛び、空中で走馬灯とかを見ながら地面に叩き付けられたなんて話はささいな話である。




—同日—







「あそこに血まみれのお兄さんが倒れてて…、助けて欲しいの！」

紳士すぎると命を落とす可能性があるとは、俺も知らなかった。
しかし、この少女に連れられてたどり着いたところには確かに男が倒れていた。


男が身につけている衣服は暗い赤黒で染まっていた。
血のにおいがあたりに漂っている。


あたりを伺う。


血を引きずった後がある。なんだこの量の出血は？


しかし、考えている暇はなかった。ここは危険だ。
血の匂いに引かれた魔物が集まってこないと誰が言い切れる？


俺たちは軽トラに乗り込むと森林を抜けるためアクセルを踏んだ。






—さらに同日—




森林ちかくのある農村。
俺たちはそこにたどりつくと、すぐに部屋をひとつ借してもらうよう頼んだ。


男の様態が心配である。
いや、正確には心配だったというべきかも知れない。


男はまだ意識を戻さない。



しかし、心配する必要が無いことはわかっていた。



男はどこにも怪我をしていなかった。



衣服にとんだ赤、倒れていた周囲の血溜まり。確かにこの男のものであったはずなのに。
狐につつまれたような話だ。



あの少女に騙されたかとも思ったが、彼女が心配する様子は嘘ではなかったようだったし。
わからない。


考えてもわからなかったためそのまま不貞寝した。




—○月□日—



男の名前はカカンといった。
花に冠とかいてカカン。


少女はフローレンス・リリーアン。
フローラと呼ばれているらしい。


今俺達は3人と1台で森林を爆走している。
何故か。


理由は簡単である。
カカンが意識が戻って間もないというのに村から発とうとしたからである。


フローラは当然それを止めた。「そんな身体で外に出たら危ないよ！」と。

しかし、カカンは「大丈夫だ」と一言。
「心配掛けてすまなかった、しかしもう身体のほうはずいぶん癒えた」と。

この男、あまりに無口だが意思は固いようだった。
目が合う。
両の赤眼は静かに、静かにこちらを見ていた。

意思は固い。

そうなれば俺達のとる道はひとつであった。

カカンは少しだけその瞳に驚きの色を浮かべた。
しかし、俺の言葉に反対することはせず、好きにすれ良いというふうに外に目を向けた。


フローラはカカンと一緒に旅に出れることが嬉しいらしい。
さっきの心配そうな表情は消え、代わりに笑顔が浮かんでいた。


そう、紳士は女の子を悲しませてはならない。
俺は最善の選択肢をとっただけである。



部屋の外のタイガーに声をかける。

タイガーも事情を飲み込めたらしい。

「こんな大所帯はじめてやなあ！よっしゃ、張り切っていこうか！」

と、大勢を載せて運ぶことに気合が入っている。



よし、俺も『何でもない屋』として少し気合をいれていくか。
少女の前で情けなく倒れるわけにはいかないしな。














しかし、あのカカンという男。
血みどろだったはずなのに、どこにも怪我は無かった。
確かにあの場所にいたときは新しい血のにおいがしたはずなのに。

そして目があったときに確かに感じた。
違和感。
あれは何だったのだろう。

あの男は何を背負っているのだろう？


わからない。
わからないが、



たぶん悪い奴ではない。











—同日—

どうやら完全にトラップだったようだ。





俺はまんまと騙されたわけだ。




俺が紳士であることを利用するとは！
なんて恐ろしいことを考えるんだ！

どうやら、ベルにも何かしらのダメージが入ったらしい。
やはり恐ろしい奴だ、フロレンス・リリーアン。



(Eno.986 花冠さん　Eno.2117　フロレンス・リリーアンさん　お借りしました！)

トラックの荷台の上でゆらゆら揺られている。
がたごと。がたごと。がつん。どかっ。

疑問は口には出さない。

トラックという未知の乗り物にはしゃいでいる。

新規ネーミングに何とも複雑な表情を浮かべる青年である。

『何でもない屋』についての詳しい情報を得て、なるほどと相槌を打つ。

ベルの「無職」発言もちゃんと反映しての理解の仕方はひどかった。
竜は珍しいと言われると小首を傾げ、

見ての通り威厳とか無いし、と笑いつつのたまう青年である。

トートの言葉にぴくりと耳を動かし興味津々な様子だ。