眼前には敵。背後には道。

　二人の敵の片方にえらく既視感があるなと彼は思考した。
もう一人の敵がその敵から飛び降りた瞬間、彼の仲間に思い至る。
これも一つの縁と呼ぶのだろうか。彼は口笛をひょうと吹いた。

「……が望ンだことだ」
「……んの！？　望みの……は……！！　……なんて……」

　何やら勝手に押し問答を始めている。同じ岩石でも随分気性が違うものだ、と彼女は思考した。
彼女が会ったことのある岩石に類する種族は、多少方向性に違いはあれど非常に似た存在であった。

　一人目は彼女の敵だった。頑固で一本気な戦士だった。あれが女だと知ったとき、彼女は驚いた風に表情を変えたものである。
二人目は彼の仲間だった。熱く砕けぬ闘士だった。砕いたところで岩は岩でしかないのだと彼が得心したのを彼女は知っている。
そして三人目は少女に押されているのを見るに随分と気弱そうだ。
今まさに論戦に敗北しそうな青年に彼女が同情を働かせるのを彼は知覚する。

「いいのッ！！」

　ほら、負けた。
予想が的中する退屈さを、それは存分に甘受していた。
神話の時代から物語の筋書きは変わらないと誰かが言った記憶を、それは所持している。
肝要なのはその味付けであって、筋書きを捻じ曲げることではないらしい。
青年を言い負かしたその勢いのまま、少女はそれあるいは彼ではなく彼女を除けばその隣の二人もといそれら全てに向き直った。

「さぁ、覚悟しなさいッ！！」】

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　と、テラーは記述した。


　なんとふざけた文章だろうか。テラーはそう思考してみながら背伸びを一つ、姿勢を直すと同時に、気付かれないようわずかに後ずさる。
自分の役目は初手であり、生存する必要は欠片もないと承知している。しかし、可能な限りは自分も最後まで立っていたかった。


背後の道を振り返る。長い長い道程。テラーが敵を打倒しない限り、仲間はここを通れない。

眼前の敵を注視した。強大な敵。多くの存在が彼に敗れ去り、あるいは打倒するために策を練った。

そして、左右の協力者と合図を交わした。一揆参加者の中で当千の力を持つ彼女と彼は、テラーの仲間と交流しているらしい。
奇妙な縁だ、とテラーは内心で淡々と呟く。心に響くただひたすらに平坦な声音。

最後に口の筋肉をほぐすよう右手で口元を覆って揉んだ。

自分が笑っていることにテラーは気づいた。

笑みを創ろうとしている自分を知覚していないことを記録していた。

自分が知覚していないのならば、その意思は絶対にないのだと知っていた。

手のひらで口を隠したまま、馬鹿にするように舌を出してみる。
特に何の感慨も浮かばなかったが、ますます笑みは深くなった。

「少し、遊んでみようか」

　いつもの声のはずである。