ランタンが揺れるたび、薄暗い通路に足音が響きます。
灯りは弱く、足元とその先少しを照らすだけの力しかありませんでした。
トリーが以前仲間たちと来たときには同じく探索する一揆衆達がたくさんいて、
道中すれ違って挨拶することは珍しくありませんでしたけれども、
それから十数日たった今では数多くいた一揆衆も探索に見切りをつけたのでしょうか。
あの頃の熱気は波のようにひいてしまい、人の姿をとんと絶えてしまったようです。
心なしか地下牢の温度は以前より下がったような気がしました。

トリーの隣にどくにんじんはいません。
いつものように好き勝手に歩き回ってどこかへ行ってしまったのでしょう。
それでも今だけは側にいてくれたらなあと思いました。
なぜならトリーは地下牢のじめじ薄暗い空間にすっかりやられていたからです。
反響する足音に別の音が混じってないかなと時おり後ろを振り向いたり、
水滴の落ちる音に不必要に驚いて身をすくめたり。
自然と足も早足になって、転んでしまわないか心配になります。

もともとトリーは怖がりではないはずでした。
お化けを信じていませんから夜一人で家の中を歩くことは怖くありませんし、
暗がりにお化けの想像をしません。
壁の染みはただの染みです。
一人で夜眠ることもできます。
実際に、こうやって暗がりを一人で歩くことなんてへっちゃらだと思っていたから、
大丈夫だとみんなに言って待ち合わせの場所へ一人歩いているのです。
けれども実際はそうではなかったのでした。

トリーはなんでも手の届く場所にある小さな村で育ちました。
そこではどこになにがあるのか村人達はみんな知っていましたし、
トリーもそうだったので恐れを抱く隙間はありませんでした。

けれども王城というのはトリーのまったく知らない場所です。
その上一揆の中で初めて武器を手に取り他人を害する人や獣達を知りましたし、
地下牢では闇に紛れて襲いかかる獣達からほうほうのていで逃げ帰ったこともありました。
そうしてトリーは恐怖を学習してしまったのです。
けれどもこのように闇に怯えることはトリーくらいの年代の子であれば仕方のないことですので、
むしろ今までがおかしなことだったのでしょう。



トリーはびくびくしながら進んでいきます。
ランタンの灯りだけが頼りです。



風が吹きました。生暖かい巨犬の吐息のような風です。
どうにも弱気な気持ちになっていたものですから、せかされるように早足で歩きます。
そして割れた石畳に足をひっかけ転んでしまいました。
その拍子にランタンは手から滑り、がっしゃん、割れる音が響きます。

灯火が消え、視界が闇に包まれます。
慌てたトリーは手探りでランタンを探します。破片が指に刺さり、ちくりと痛みが走りました。
こういうとき他の人であればエンブリオの力を借りて松明の代わりとするものですけれど、
トリーは一人でエンブリオが使えません。
今まで契約したエンブリオはみんなどくにんじんの力となっているため、
どくにんじんがいなければ力を行使できないのです。

ああ、どうしよう。
ランタンを拾ったとしても火をつける手段はありませんけれど、
見つけなければということで頭はいっぱいです。

不意に地下牢の奥から声がしました。どくにんじんでも仲間の声でもない、低い男性の声です。

声が近づいてきます。

トリーの返事と同時に鬼火が現れました。
鬼火の先で仮面が浮かび上がります。

その仮面はどこかで見たことがあるような気がします。
六つの瞳。鼻と口のないのっぺらとした顔。数多の足。
しゅるしゅると体を這いずり回る根。
関節のない足。
体を包み覆う足。
根。


体がぶるりと震え上がります。
トリーは仮面のことも知らないし、考えるだけで恐怖を覚えるようなものも知らない、そう思い込むことにしました。



二、三、瞬きをすると灯りに目が慣れて、それが仮面をつけた男だとわかりました。

緊張感の高まりから自然と身構えます。
けれども返ってきたのは明るく緊張感の欠片のない声でした。

うーんとクィンと名乗った男は考え込みました。

これはトートの受け売りです。
本当は「トートの使うスキルを同じように使いこなせればトートのエンブリオの証だ」という旨でしたけれど、
うろ覚えなのでまったく違うことを言ってしまったのでした。

えいえいやっと構えるとクィンはトリーの懐へ突っ込みます。
宣言通りクィンのタックルは鋭く強く、少年トリーの体は弾き飛ばされ、
ごろごろがつん、頭から壁へぶつかりよい音をたてました。

トリーは答えません。
それもそのはず、トリーはすっかり気絶してしまっていたからです。


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トリーの意識は深く闇へと沈んでいきます。
まどろみの中なのに感覚ははっきりとしていて、二人の話し声がよく聞こえました。
男と女の声です。男の声にはどこか覚えがあります。

しゃらんと金属が擦れ音を奏でます。
トリーのまぶたは閉じたままですが女が自身の腹をさすったことがわかりました。

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トリーはゆらゆらと波の中で漂っていました。
暖かく安心できる、まるで揺りかごのようなそれはクィンの背で、
どうやら気絶した後おんぶされ運ばれていたようでした。

顔をあげれば星屑降り注ぐ山。次の待ち合わせの場所の近くのようです。
隣ではどくにんじんがちょこちょこ小さな体ながら素早い足運びでついてきています。

クィンは目覚めたトリーを地へ下ろします。

用件だけ述べると、クィンは懐から煙玉を取り出し投げました。
煙幕の後に姿はなく、そうして姿を消してしまいました。

どくにんじんはとてとて駆け足で山道を登って行きます。

有坂の手から剣が精製されては焼きあがったにんじんを刺していく！

どっちが嘘をついているんだ、と聞かれてしまった。
そんなことを聞かれても自分には分からないのである。
だってずっと一緒にいたわけでもないし。

ただなにやらこの二人にとっては大事な問題であるように見えたから、
腕を組んで、暫し真面目に考え込んでみせてから。

＿人人人人人人人人人人人人＿
＞　色んな意味で本末転倒　＜
‾Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y‾

そう言い、チラッとにんじんを見る。
みればにんじんは暴れている。

とても、そのにんじんに執着があるようで、とても探しているようだ。