■　牙（三）

下手人の探索を謎のくのいちに邪魔された親分、やっと陣営に戻ったのは夜更け過ぎだった。
と、それを待っていたように飛んできた乾分のハチベが「親分、てえへんだァ！」の一声、
いつもの御巫山戯かと思ったがちょっと様子が違う。
よく見ると自慢のソンブレロに深々と矢が突き刺さっていた。

「まったく、もうちょっとで脳天に風穴が空くところでしたよ。あっしは矢場の的じゃねえんですから」
と愚痴りならがハチベはその夜の顛末を話した。



親分の指図で殺されたトマスの一隊を見張っていたハチベだが、午は特に動きがなかった。
午後になってようやくリッキー親分と一揆の世話役がやってきて検視をしたのだが、
大した手掛かりもないためやはり闇討ちで片付けられてしまった。
彼らが骸を運び出したのはもう暗くなり始めてからだったので、一行はもう一晩野営することになった。
事件はその夜に起こった。

昨日のことがあったので警戒していた一行だが、疲れもあってかすぐに寝静まった。
月明かりで辺りは十分見晴らせるのでじっくり見張ってはや真夜中になろうとするころ、
外ではなく一行の中にもぞもぞと動くものがあった。
動いたのは弓使いのクリフという男で、辺りを見回しながら寝床を立って荷物をまとめた。
そうして夜逃げのように忍び足でその場を離れ出したので、すわとハチベは後をつけた。

クリフは人気のない岩場まで来ると自分のえんぶりおを呼び出したようだ。
主人と同じく大きな弓を携えた小柄な兵隊のような生き物が現れたのをハチベは見た。
ふたりは何か小声で話しているようなのだがハチベの隠れている岩陰からは聴こえない。
そこでこっそりと近づこうとしたのだったが…。

「そこであのえんぶりお野郎に気付かれちまいましてね、そりゃもう矢の雨ですよ」
「で、おめおめ逃がしちまったのけえ」と親分は厳しく言っちゃいるが仕方ねえ。
親分もくのいちに拘ってないでもう少し早く戻れたら、と悔しいところだ。

「ともかくこれで目鼻が立ちましたね。あのクリフって野郎が下手人ですよ」
「いや、そう簡単じゃあるめえ。仏は刀と槍でやられたんだからな、得物が違えよ」
「ええと、じゃあどういうことなんですかい」と頭を抱えるハチベ。
「まだ確かなことは言えねえが、俺が聞き込んできた話しがほんとうなら恐らく…」
と親分が言おうとしたところで今度はもうひとりの乾分のサキチが駆け込んできた。

「大変です親分、例のクリフって野郎が弓矢で撃たれて死んでます！」



明るくなってから深々と矢が刺さった弓使いの死骸を確かめて、親分は話し出した。
「やっぱりな、今回の闇討ちにはひとつの定まりがあったんだ。
　それは得物で、みんなそれぞれ仏と同じ武器を使っているってことだ。
　武芸十八般ってえならともかく、わざわざそんな面倒な殺しをするもんかね」
「そりゃそうですね、ってぇことは下手人はそれぞれ別ってことですかい」とハチベも気付く。
「ああ、それぞれ仏と同じ業を遣い、仏が手向いできねえほど油断させられる奴らだ」
「アッ、そりゃあまさか…仏たちのえんぶりおってことですかい！？」
「多分な、しかしこりゃまさに飼い犬に手を噛まれる、いや牙を剥かれるってところか」

と、親分の鋭い絵解きで乾分たちも合点がいったが、まだわからないことも多い。
「問題は、なんでこんなことになったかってぇことだ」
「そうですよ、あっしらえんぶりおは力を認めた相手としか契約しませんぜ。
　そんな主人の寝首を掻くなんざ有り得ねえことです」とハチベは強く言った。
「俺の勘じゃ、殺された連中の過去に大元の訳があるはずだ」
「あの三人が繋がってるってことですかい…あれ、でもトマスとクリフは最近組んだばっかりだって」
「そいつァ嘘だな。クリフの奴が自分から逃げ出したことからも、何か後ろ暗えことがあるはずだ」
「そう言えば親分は始めからあの野郎が怪しいと思ってたんで？」
「ああ、何となくだがな。連中が言ってたろ、殺されたトマスには派手な南国訛りがあったって。
　クリフに話しを聞いたとき、奴にもちィッと南国訛りがあったんでもしかしたらと思ったら大当たりでえ」
と流石の親分はお見通しだ。

「とにかく大元の訳がわからねえとどうしようもねえ。肝心のクリフも仏になっちまったし。
　ハチ、おめえ昨日見張ってて何か気付かなかったか」
「へえ、とはいえあっしが見たのはさっき話した通りで…アッ」と、どうやら思い出した様子。
「そういえば午過ぎに石頭の親分たちが来た時に、クリフの野郎が何か驚いた顔をしていたような」
「リッキー親分が？」と聞くとマニー親分はすぐにハッと閃いたようだ。

「よし、俺はちょっと気になることを調べてくる。ハチ、おめえももう一仕事だ」
と急に活き活きとしてきた一行はそれぞれの仕事に散っていった。
果たしてこの事件、マニー親分はどう決着を付けるのか、それは次回のお楽しみ。