夏の海、一揆参戦者達が集まって催し物を行うとの情報を得たライネは、その会場へとやって来た。
勿論、一緒になって遊ぶためでは決して無い。
魔法少女ライネ・スパークルにとって、これこそが任務なのだから。

魔法少女とは世を忍ぶ仮の姿。
その正体は、王直属の執行機関に属する断罪執行官。
黒閃の雷蛇ことライン。それがライネの真の姿だ。

そして彼——男である彼は、
一揆参戦者達の同行を探り確実に断罪を執行するべく、
正義の魔法少女に扮して一揆側へと潜入していたのだった。

潜入工作は順調に進んでいた。…そのはずだった。
そんな彼の前に立ち塞がったのが、海の側に建てられた特設の女子更衣所。
微かに聞こえる女の子達の笑い声と、ほのかに香る甘い匂い。
それが、目の前にそびえ立っているその建物だ。

ライネは迷っていた。
今、彼は水着を所持しているが、着用はしていない。
このままでは海に入れないので、着替えなければいけないのだ。

——ちなみに、水着は彼のボスから送りつけられた支給品である。

ライネは魔法少女であるが、男である。
男であることを隠し通す為に、着替えには細心の注意を払わなければならない。
そこらの物陰でパパっと着替えられる男どもが羨ましい。
全く、これだから男はっ…。

心で愚痴った所でどうにもならなかった。
何より、この更衣所はどこまで安全なのだろうか。
一応、女子には体をタオルで包みながら中だけ着替えるという荒業があるとの情報は掴んでいた。
昨夜、寝る間も惜しんで練習したものだ。付け焼刃だが無いよりはマシだろう。

しかし、それすらを完全にぶち壊す習性を、女子は同時に有しているらしい。
すなわち”スキンシップ”なるものだ。

スキンシップと称して、相手の同意を得ずに体を触ったりナニを揉んだりするらしい。
男同士だと気持ち悪いだけで、男が女に行えば即刻ブタ箱送りとなるセクハラ行為。
何故かソレは、女同士の場合のみ許されている。…どころか、一部の男性から大いに需要があるらしい。

別にライネにはそこまで親しい女友達がいる訳では無いのだが、油断は禁物だ。
赤の他人であってもスキンシップを行う猛者はいるらしい。それが笑って許されるのが女の世界なのだ。
うらやま——もとい、恐ろしい…。


そんなこんなで、更衣所の前で悩み続ける事暫く。
中から二人組みの女性が出て来た。
ライネは思わず立ち竦んだが、女性達は特に気にする様子も無く通り過ぎていく。

きゃっきゃうふふと去っていく女性達を尻目に、ライネは一息ついた。
どうやら、懸念事項が一つ解消されたようだ。
個室に入ってしまえば、流石に男だとバレる事は無いだろう。
特に水着の下に着替えるにはナニをナニでチョメチョメなために、色々と大変なのだ。
個室ならその準備もしっかり行える、自分にとって実に都合の良い展開だ。

もはや、踏みとどまる理由などなかった。
全ては任務の為、ひいては我らが王の為、成すべき事を成すだけだ。

しかしそれでも、ライネは足を前に踏み出す事が出来なかった。

しゅわしゅわわーん



その時、脳内擬音と共に視界の隅っこに何かが現れた。
それは彼が尊敬するボスの姿を象った、ちっこい脳内悪魔だ。

悪魔はニヤリと笑ってこう言った。

耳元で囁かれる悪魔の言葉に、ライネの精神がグラりと揺れる。



きらりらりららーん



しかし、悪魔と対峙する様に脳内天使も現れた。
彼が尊敬するボスの姿を象ったちっこい脳内天使は、諭すような口調で話し始める。

脳内天使は穏やかに囁きかけながら、そっと背中を押してくれた。
ライネの足が一歩、女子更衣所へと向けて踏み出される。

脳内に鳴り響く天使と悪魔の大合唱。
ライネは一歩、また一歩と、歩き出す。
その足を歩ませるのは男としての欲望か、はたまた男らしい勤勉さなのか、
それは彼自身にも知る術は無かった。

ライネは、虚ろな瞳で歩みを進めた。
——あと、一歩だ。
後一歩で、女だけの禁断の花園へと踏み入る事になる。
それまでの自分が知りえなかった世界が、そこに——

唐突に浴びせられた、低くて渋いオネェ言葉に、ライネは咄嗟に振り向いた。
暗殺者として訓練を受けた自分の背後を取るなんて……。
いや、この際それはどうでも良い。

そこに居たのは、刈り上げた短髪に逆三角形なムキムキマッチョ。
うふんとシナを作り、艶めかしい気がしなくも無い笑顔を浮かべた、オネェ。
木下寿美（Eno381）、その人だ。

ライネは、目の前のオネェと少なからず面識があった。
その際にアレがナニした結果、彼が男の娘だとバレたのだ。
その経験は、決して対等ではない強弱関係を作り——結果はご覧の有り様である。
ライネは、ツキノワグマを目の当たりにしたテディベアのように竦みあがっていた。

木下寿美は、頬に手を当て首を傾げた。
考え込む仕草を浮かべながらクスリと笑う。

ライネは走った、泣きながら走り去っていった。
仕事に対するプライドも、女の花園に対する興味も、微かな罪悪感との葛藤も。
アレやナニの恐怖と劣等感に苛まれ、キレイさっぱり吹き飛んでいた。

その後、ライネが女子更衣所へと近づくことは無かったという——

彼が、帰りの着替えの問題に気付き大奔走を繰り広げる事になるのは、また別の物語である——

投げキッスで硬直したライネに、ちょっと戸惑うトシ。

一人ごちるが、彼(？)がやるべき事は目の前にある。
それは、固まってしまった魔法少女を正気に戻す事だ。

ライネの前で手をひらひらさせるが、反応が無い。
彼にとって、先程の投げキッスは予想以上にショックが大きかったようだ。

そう呟いたトシはおもむろに、放心状態に陥っているライネの肩を抱き……
目を閉じて、口を少し尖らせた。

トシの唇が、段々とライネに迫っていく。

コレは相手を助けるために必要な行為なのだ。
そう言い聞かせて、自らの胸の高ぶりを抑えながらも、その距離を段々と狭めていく。

接触まで、あと数センチ。

道行く貴方を見つめる青い瞳がある　ちまたでは少し名前の知れた盗賊団……の生き残り
その少女は両手に一風変わった曲刀を二刀持ち木の影に佇んでいた

木陰に「いやさすがにあんなのはなぁ〜」「いくらなんでも」との声が響く
しかし、何やら決心がついたのか貴方の目の前に少女は姿を表した