年頃の女性、というのは集まると絶大なパワーを発揮する。
それは私がこの世界に来て早くから目の当りにしていた事実であったが、目の前の状況はそれを体現しているどころか近寄りがたい雰囲気さえ醸し出していた。
女性陣が大量の水着を畳の上に並べ（並べきれない程に数があったが）あれでもないこれでもない、と品評会を行う姿を私とツグミ、さらにセロはただぼんやりと眺めていた。色とりどりの水着はなるほどどれも可愛らしいものであった。しかしこれでもか、と原色が散りばめられたその光景に目を細めてしまう。隣でセロが眼鏡を外して眉間を解していた。

「うわあ、水着どれもきれいだね！」
「お嬢様、こちらなんてとってもお似合いだと思うのですが如何でしょう！」
「まな姉はやっぱ大人っぽいのが似合うと思うんだよねー！　こんなのとかどう？　あ、こっちも可愛い！」
「あら、私の分まで選んでくれるの？　じゃあ着ない訳にはいかなくなったわねえ」

あれが似合う、だのこれが可愛い、だのと騒いでいる女性陣と隔たりを意識的に作りながら、私たちは普段よりも幾分げんなりとしていた。少なくとも、水着など何を着ても同じという意識を私たちは共有しているらしい。現に私は二人分の水着を用意する必要があったが、前日となった今でも何も考えていなかった。当日その場所には貸出品があるらしいと聞き及んでいたものだから、それを適当に借りればよい、と軽い考えだ。
一揆参加者内で催されるイベントがある、と聞きつけて来たのが誰かは忘れてしまったが（多分今嬉々として水着を選んでいる中の誰かだ）それに仮支店を出す……という名目で花屋敷の面々はそのイベントに参加することになっていた。
ロケーションは海、海といえば水着、と百日紅が水着を用意させていたが、カレンは何故かルクリに合ったサイズの水着を棺桶から取り出していた。棺桶の構造もさることながらその忠誠心は果たして邪な思惑があるのかないのか疑惑が生じる程度にカレンはしきりにルクリに水着を勧めていた。
「何とも度し難い空間だね。女性にとって着飾ることが大事なのは分かっているが」
「………………………………………」
「何でもいいけど、まだ終わらないのかな、あれは」
まだ続くだろう、と座椅子にもたれかかりながら私は続けた。こういう品評会は目移りをして選ぶのに時間がかかる、というのが相場だ。それが駄目だ、とは言わないが、待たされる身としては非常に手持無沙汰な時間である。
暑さも手伝って、気だるさを感じずにはいられなかった。

「そういえば君は泳げるのかい？」
「……泳ぐ？　ああ、出来るよ。……川を渡らないといけないから」
何のことはない世間話を振ったつもりが、彼にしては饒舌だ、と感じる。
普段ならば意味ありげな言葉だと取り上げるかもしれないが、この時の私は特に気に留めなかった。弾をそのままはじき返すように考えなく言葉を返す。
「川？　君の住んでいた森には川があったのか。……そういえば話題に上らなかったが森もいいな」
そう言ったところで、いつも森で暮らしていたというセロには避暑地としてという意味が伝わっていたのかどうかは分からなかった。

そうこうしている内に各々水着が決まったらしく、話は髪型がどうだとかアクセサリーがどうだとかという方向にシフトしていた。
「かるるんはねえ、お団子とか似合うんじゃないかな！　いつもと違う感じにしよー！」
「トーカちゃんはどんな髪型にするの？」
「私はねえ、アップにしてお花刺そっかなって思うんだ！　るくりんとお揃いだねっ」
「わあ、すてき！」
「花ですか……当日お嬢様はどんな花なのか楽しみです」
「泳がないのであれば、色んな飾りをつけられるんじゃないかしら？」
「あっ！　じゃあ、皆でお花つけたらきっと可愛いよね！」

まだ終わりそうにない、と感じた時に真那霞と目線があった。
真那霞は何かを思いついたような様子で「ねえ」と女性陣を集めて小声で話し始めた。時折こっちを見る視線が向けられるのでうっすらと嫌な予感がする。
「わあ、それいいねっ！」
トーカが心底楽しそうに声を上げると、こちらに駆け寄ってくる。彼女は考えるよりも行動する、という言葉を体現しているかのようだ。

「ねえ、ユーくん達はもう水着決まってる？」
ユーくん、という呼び方に軽く眩暈がしたが（そのような呼び方は32年間で一度もされたことはない！）彼女が他人を呼ぶ場合は非常に個性的な呼称を使うことは周知の事実だった。
「……いや、当日決めようと思っていたのだが」
「わぁ、じゃあ私たちが決めてもいい？　ばっちりプロデュースしてあげるっ！」


しまった、と思うと同時にセロから胡乱げな視線が寄越されたことは言うまでもない。


＊＊＊＊＊


「……それで、これを着ればいいのかい」
アロハシャツを手渡され割とまともなチョイスであると拍子抜けしてしまった。決して着るのをためらわれるような水着が来ることを期待していたわけではない。ツグミの分、と手渡されたものも普通の水着にパーカーと至って変わった部分はなかった。
セロはやけにＴシャツを推されていたが、私には森と人の漢字の組み合わせで何を意味するのか、どうやって読むのかが分かりかねた。簡単な言葉ほど難しい。
「ねえつぐみん、このパーカーだけ今！　今着てほしいんだけどいい？」
トーカはツグミに詰め寄っていたが、ツグミは反応を返す筈もなくぼんやりとしている。見かねて私がトーカの話を請け負う。
ツグミにパーカーを着せてやると、トーカはサイズを確かめて被せていなかったフードに手をかけた。
フードを頭に被せると、目とくちばしがついていて——鳥、のように見える。

「あら、可愛いじゃない」
「あのね、まな姉が教えてくれたんだよ！」
「ツグミ、って鳥の名前なんだよね！」
真那霞が男性の水着を選ぶことを提案したのはこれだ、と私は苦々しく思った。可愛らしい、という印象のパーカーは恐らく女性用のものだった。しかし私がそのパーカーを突き返すわけにもいかず思考と共に行動が固まってしまう。
「あ、ああ……」
「………………………」
「じゃあ、当日はこれ着てね？　絶対だよ！」
ツグミは何も反応することはなかった。



所用から帰ってきた百日紅が、それを見て「名実ともに小鳥になったのかな」とこちらに問いかけてくるのに何も言い返せなかったことは、覚えておかないことにした。