ENo.537 MapleAndFairyTale

シフォン「ご飯ができましたよーぅ」

甘ったるいシフォンの声にふと気付き、ステッキが顔を上げたのは丁度夕餉の頃になる。
エプロン姿のシフォンがぱたぱたと近づいてくるのを感じて、彼は記録を取るのをそそくさと止めた。

しかしその気配を感じ取ったのか、シフォンは小首を傾げる。

シフォン「？何か作業中です？それなら、後にしますけどー」
杖「ああいえ、急ぎのものでも無いので」

特に隠すようなことでも無いので、ステッキはさらりと答えて言った。

杖「今日の戦闘記録を眺めていただけですよ」
シフォン「作戦、巧くいきましたねー」
杖「ええ。今も感想戦をしていましたが、ほぼ理想的な値で推移してましたよ」
シフォン「うんうんー。無事に終わってほんとーに良かったですー」

のほほんとした緊張感の無い顔に、満面の笑みを咲かせるシフォン。
喉元過ぎれば何ぞやとは言うが――この女性の場合、見習うべきか反面とすべきか悩むところか。
と、ふと本来この場にいるべきであろう人物がいない事に気付いたステッキは、

杖「……それで、その本日の功労者さんは？」

視界の届く範囲に居ないことを確認しつつ、その人物について尋ねてみた。
今日は解析の合間に休憩がてら何度かあたりを散策していたステッキだったが、
午後辺りからだろうか、一度もレゥの姿を見かけてない。

シフォン「レゥちゃんなら、天幕の傍でお昼寝中ですよーぅ」
杖「お昼寝……ですか」

昼寝と答えを返され、少し言葉を濁す。
昼寝それ自体はさほど珍しい事ではなく、移動の合間、特に昼頃の暖かい時間帯に、
レゥが日の当たりの良い場所で小さく丸まっている姿は何度となく見ている。

が、それも大体一時間から長くて三時間程度が限度であり、こんな、
夜半もとうに過ぎた時間まで眠り続けている、という事は、少なくともステッキの記憶にはない。

シフォン「いっぱい頑張ってくれたから、きっと疲れちゃったんですねー」
杖「……そうですか」

そう言われればステッキはそうと答えるしかなかった。
確かに、普段に比べて大分長い時間の戦闘をこなしてのけただけではなく、
その相手がこの遺跡のボスクラスの相手であり、それを一人前衛で立ち周り続けたのだから、
疲労も蓄積してしかるべき――理屈で言えば確かにそうはなる。

が、

シフォン「もしかして、意外な感じがしてびっくりしてますかー？」
杖「えっ、それは……何でそう思ったんですか？」
シフォン「あんな風に戦えている、という事に驚いていないからですよーぅ」
杖「……ああ」

そういわれて始めて、ステッキは自分の抱える不明瞭なあるモノの正体が、
予想に反した時に感じる驚きに近いものであることを理解した。

杖「普段はぼーっとしてる子ですが……なかなかに俊敏でしたよね」
シフォン「私みたいに飛ばないから目立たないだけですよーぅ」
杖「……視察の時は色んな意味で飛んでましたけどね」

彼の中でレゥの評価が決定的なものとなった前回の戦闘記録。
結論から言って、レゥは力の使い方が巧妙だ。
戦い方を何度か見ていればそれも分かる。

ズブの素人である紅葉は、あくまで「島から得た力」を駆使する、悪く言えば、島の力に頼った戦い方をしていたが、
レゥは逆に、「島から限定された力」を駆使するかの様な体裁きを見せていた。
先の様なクロスレンジでの戦闘に於いても相当に手練ている点も、データを見れば容易に想像が付く。

杖「格闘らしい戦い方を『選んで』戦っていましたよね。受けて、流して、そして打ち返す」
シフォン「ある国には柔良く剛を制すって言葉もあるらしいですけど……今日のレゥちゃんにぴったりですねー」
杖「確かに、力で攻めると言うより動きで攻めると言える感じでしたね」
シフォン「うんうんー。時々、戦っているのを忘れて見とれちゃいましたー」
杖（……回復がまれに微妙に遅かったのはそれが原因ですか……）

シフォンが空中を能動的に動き回る事で相手を翻弄するのに対し、
レゥはあくまで受動的、相手の動きに併せて体を浮かせ、廻し、流す事で相手をいなしていた。

相手が動くまでは然程動き回らないため目立たないが、一度動き始めれば――結果は見ての通りである。
がしゃ髑髏の骨を支点とし、悠々とその巨体の上を飛び跳ねる彼女の姿は、さながら曲芸団員だった。

レゥ自身が相当量の戦闘経験をこなしているのか、或いは何らかの形でそれが彼女自身に記憶されているか――。
ここから先は予想ではあるが、彼は後者だと見立てていた。

あくまで、勘、だが。

杖「まぁそれで話を戻しますが、そんなに疲れた様子でしたっけ？彼女の実力なら……」
シフォン「そこまでは分かりませんよーぅ。でも、実際寝ちゃったわけですし」

分からない、と言ってはみたものの、実はシフォンにはある憶測があった。
しかし現段階でステッキに言うほどの事でもないと無意識の内に考えた彼女は、
あえてそれを口にすることも無かった。

そしてその予測は、夜を迎えるころに現実となる――。

……。

寝ていたレゥを起こしてから夕餉を終え、何刻か過ぎたころ。

少し大きめの岩の上に座ってボーっと空を眺めていたレゥの元にステッキがやってきた。

杖「ご一緒してよいですか？」
レゥ「…（こくり）」

近づいてきたステッキを持ちあげて胸に抱くと、再び空へと視線を戻した。
しばらく無言が続いた後、ステッキが頃合を見て口を開いた。

杖「今日はお疲れ様でした。無事に勝ててよかったですね」
レゥ「……（こく）」

空を眺めてはいるものの、何かの考えに耽っている訳でもないらしく、
反応はすぐに返ってきた。

杖「昼間は随分とお休みになられていましたが、お疲れでしたか？」
レゥ「……、……」

少しの間。
そして、首は横に振られた。

杖「……え？ある相手を待っていた？もう、そこまで来て？」
レゥ「………」

レゥが首を縦に振るのと、

ガサリッ…

その向こう側から物音が近づいてきたのは、ほぼ同時の出来事だった。