ENo.928 蒼月樟葉

TURN-14

「んじゃそういうことで」

「がんばってくだせぇ」

「仕方ないなぁ、まぁそっちも頑張ってねー」

ドネスクから南へ、森の入り口の緩やかな山岳地帯でレコット、誠治郎と別れる。
ここから先、森に巣食う獣は砂地や平原のそれと比べ物にならない程強力なモノが多い。
その為出来るかぎり一度に相手をする獣を少数に絞る為パーティーを分散する事となったからだ。
レコットと誠治郎の二人で一匹の獣を相手にする。
と言う事は自然と私は独りで一匹の獣を相手にするわけだ。

「まぁ良いけどね、私には色々と付いてるし。」

むしろ戦力的に不安があるのは二人の方だろう。

「まさか単独の私が勝って二人が負けるなんて事にはならないだろうけど。」

別行動とは言え進路と目的地点は同じわけで目視が出来る程度の距離を維持しつつ緩い山岳地帯を進む。
とは言え今歩いてる地帯はそう広いわけでもない、既に生い茂る木々が視界に入っている。
流石に森の中となると目視による追尾は中々に難しい所だ。
そもそも私は目で視るのが苦手なのだけれど。
私の知覚情報は聴覚５、嗅覚４、視覚１といった程度。
風の流れを肌で感じる……なんて事も出来ない事は無いけど、戦闘中のような緊張状態でないと中々難しい。
まぁ兎も角私は目が悪いのだ、と言っても別に不自由しない、生まれた頃からヒトと比べて私の、と言うか私たちの目は視力が弱い。
それは狼だから当然、その中でならむしろ私の目は良い方だ。
なぜなら私にはこの両目の義眼があるから。

私の両目は義眼である。
右の義眼はとある素晴らしい装飾士に造ってもらったモノ。
左の義眼は遠い昔から変わらぬimitationによって造られたモノ。
FalseIslandにて破壊された右目は、同じく島に居た間に仲良くなった装飾士に作ってもらったモノだ。
視覚情報を視神経につなげる魔術自体はimitationによって施されたモノだがこの目は気に入っている。
どちらの義眼も通常のモノと違い私には絶対に作れないであろう精巧な造りだ、ただのガラス球ではなくその内部に幾つモノ機構が組み込まれていて、外側にも細かい溝が刻まれている。
これらは義眼が情報を得る事と、その情報を脳に送る役割を持っているらしい。
まぁ兎も角私のような低脳には理解が追いつかなくて大体の事しか覚えていないのでなんともわからない。
使えればそれで良い、私はそれで良い。
いや、私はそもそも、視覚なんて無くても良いと思ったから目を失ったのだ。

双子の弟とやらされた決闘、その最後が終わった後、私が不死にされると決定された。
私は傷の再生が終わった直後だと言うのにその儀式を受ける事になった。
その時、儀式が完了し私が不死の存在になる直前、私は自分の目に指を突き立て潰したのだ。
何故私はそんな事をしたのだろう。
大事な、理由を忘れてしまっている。
ただ、今もそうした時の思いだけは覚えている。
こんな世界を見たくない。
私は、元々劣る視力で、ぼやけた世界のナニカから逃げたのだ。
いや、ぼやけていたのだろうか、わからない。
靄のかかった、色の無い、そんな不明瞭な世界で私は何を見て、何から逃げ出したのだろうか。
とても重要な事が記憶から抜け落ちている、そんな気がする。
だがそれを忘れているからと言って、私は生きていけないわけではない。
ただ少し気になるだけ、偶に思い出すだけ、そして偶に思い出せないだけだ。
しかし見たくもないはずの世界を、精巧な義眼を通してみているのだろうか。
あらゆる世界のあらゆる場所を見てナニカを感じているからだろうか。
それとも私は世界を見なければならない理由があるのだろうか。
この義眼を通して私は世界を見ている、その意味は何か。
今の私にとっては愛しいヒトの姿を目で捉えられる、それだけで十分ではある。
だけど、このツクリモノのメを通してミるセカイは、本当にセカイなのだろうか。
私は一体何を見ているのだろう。
これは、私の眼では無いのだ―――。

まぁこの義眼を私に与えたimitationの真意はわからない。
気まぐれか、何らかの意図があってか、あの存在の考える事を考えても意味は無い。
ただそのおかげで私の視界という世界は色を得て、靄も大分晴れた。
ようやく私はヒトの顔と色で個人を判別できるようになったのだ。
それでも普通のヒトの視力には及ばない、それに情報を頼るには心許無い。
だけど相手の表情の変化が見れるのはとても楽しい事だ。
機嫌や気分は声色で判断できていたけど、まだ細かくはわからないけれど、それはとても生きている気がして、見ていて安心できて―――。
私はちゃんとああいう顔がつくれているのだろうか。
ちゃんと笑えているのだろうか。
ちゃんと泣けているのだろうか。
まだわからない―――

突然頭部を襲った衝撃に思考を引き戻される。
蹲って額に手を当てる、痛い。
見上げると木の枝が伸びている、どうやら考え事をしていたら見事に当たったらしい、もう森の中だ。
額をさすりながら振り向くと森の外が見える、まだそれほど奥ではないらしい、良かったと言うべきか。
しかしおかげさまで視界では二人を見失い、聴覚ではノイズが多く、ヒトの足音がいくつかするのは分かるが地面が変わっているのでそれのドレが正解かは判別しづらい。
多少木々の匂いが濃いが嗅覚は問題ない、鼻にダメージ受けて鼻血が出なくて良かったと思う。
気になるのは恐らく同時期に森へ踏み入れたほかの探索者か、流石にここらに足を踏み入れる人達は今探索者に襲い掛かる余裕があると判断出来るのは少ないだろうか。
ならば逆にこちらから襲うというのもアリだろうか。
ぐるり。首をひねる。
やめておこう、今一面白いフィールを感じない。
デュエルを仕掛けたとしても、満足できる気がしない。
正直この仮面を外せると言われてもうまみを感じられないというか、別に付いたままでも不自由は無いわけで。
まぁ多少残念な場面もあるけれど―――。

少し歩調を速めよう。
余り距離が離れるのは良くない。
まだ暫くは周囲の獣を刺激しないように、森の中を進むのは嫌いじゃない。
荒らさなくても荒れた森を、それ以上刺激しないように。
足から伝わる感触はスポンジの様だ。
土が少ないのか、その隙間に植物と水分を多く含んでいる。
水気が強い、海に面しているルートは恐らく所々水が入り込んでいるのだろう。
海と表現しては見たが私の知る一般的な海とその成分が同じなのかは定かではない、何らかの有害物質で構成されてる可能性はやはり否めない。
泥の臭いが強くなると同時に踏み込んだ足が僅かに滑る。
立ち止まり足元を確認すれば水が体重によって押された分が僅かに土から溢れている。
ここから先はもっと進み辛くなる、周囲を見渡し道を探す。
木の生え方、風の通り方を確認する、かすかにだが向い風―――。
背後で葉がこすれる音、振り向くと其処にはパンダの上に小さなパンダが乗っている。
不味いな、パンダは動物園のアイドル的な存在だが実は獰猛な野生動物だ。
親子となれば親パンダが逆上して襲ってくることも十分考えられる、慎重に様子を探りつつゆっくりと距離をとる―――。

「下の奴パンダの乗り物じゃーん！？」

衝撃の事実に思わず叫んでしまう、しまったと思って口を手で塞いだが時既に遅し。
パンダの乗り物に乗ったパンダがこちらを見る、目が合う。
パンダがパンダの向きをこちらにむける。
こっちに向かって動きだした、意外と速度がある、おかしい。
ともかくまだ予定地点まで距離がある、私は足元に注意しながらパンダに乗ったパンダから逃げるように駆ける。
が、追って来る、足元の状況などお構いなしか速度が落ちるどころか早くなっている、恐ろしい。
こちらはどんどんぬかるむ足元に気を取られて速度が思ったよりも上げられない。
ともかくもう少し、追いつかれずに進みたい。
避けられずとも、途中で足止めされるのは避けたい。

少ししてどうにかギリギリではあるが必要分は進んだ気がする。
私は多少滑りながら後ろを振り返り、パンダに乗ったパンダと対峙する。
左腕に装着されたデュエルディスクを展開、セットされたデッキに右手人差し指と中指を押し当てる。