ENo.1383 キキウス・ヅーベング

前回からの続きです。
不定期連載。前回までの日記はコミュニティ・ページに保管されています。たぶん。
暇な人は読んでみよう。
ついでに、小説に出てもいーよって人は伝言下さい。
キャラ名を考えるのが面倒くさい筆者が、キャラ名拝借致します。

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

『何の儀式なんだ。あれは』
「お気になさいませぬよう。ああいう生き物なのだ、と納得して下さいませ」
　と達観したようにポルポリカ。
　そういうものなのか。ふむう、とカロタは思案顔を傾げる。
　まったく理解できないのだ。
　アクリルシリコン樹脂皮膜製の窓は長年の砂塵に曇り、窓の下で無意味にはしゃぐ二人の姿をぼやけさせていた。だが、そんな曖昧な景色を食い入るように見つめるポルポリカの心情と同じくらいには。
『変わってるな』
「カロタさまも相当だと思いますが」
　キキウスは変人だと言ったと受け取ったのだろう。
　無論のこと、それはキキウスを表す大前提にあるが、カロタが変わっていると言ったのは、寧ろ、その相棒であるセラ・ドールのことであった。
　セラ・ドール《Seraph=Doll》。主にＡ・Ｇの操作アシストを務める自律人形であるが、今の時代においては、その作成方法は解明されていない。つまりは、蒼の遺産、である。
　汎銀河内において、確認されているセラ・ドールの個体数は二十体を超えない。カロタにしたって、動いているセラ・ドールなど知る限りに置いてポルポリカだけであった。子供の頃、博物館で半壊状態のセラ・ドールなら何度か目にする機会があったが、あれらとて、セラ・ドールの『心』を司るとされるＢ・Ｂ《ブラック・ボックス》は抜き取られた状態での話だ。また、それらが当たり前だという教育を受けてきた。
　実際に目にすると、改めて感嘆する。
　その造形美に。そして、『人間らしさ』――いや、『人間臭さ』に。
　セラ・ドールが美しい形容をしているのは、使用者が愛情を注ぐ為。つまりは愛着を抱く為――と解いた学者がいる。なるほど、それも一理あるかもなと納得できるくらいには、この人形は人の心の琴線に触れる顔立ちを備えている。
　ある種、不気味なほどに。
　コメディも、リアリティの限度を超えればホラーとなるように、完全な美しさは嫉妬や羨望よりも恐れを見る者に抱かせる。だから、セラ・ドールの使用者は異性が望ましいと言われているのか。
　カロタは稼働しているセラ・ドールなどポルポリカ以外に知らない。
　だが、それを踏まえた上でも変わっていると感じる。
　人に似すぎている所為で、無意識に人と同じ部分を求めているのだろうか。
『どうして、その信頼は生まれる？』
　かつて、一度だけ訊いてみたことがある。
　借金だらけの三十路男が、どうしてこの高価な人形を手放さないのか。そして、この人形はいかな理由でキキウスは自分を売り飛ばさないと確信しているのか。
　自身には数千万Ｇ（※ガレット　１Ｇ＝１００円相当）の桁では済まされない金銭と同等の価値があると判っているのに。
　そして、その答えは教えて貰っていない。きっと今のカロタには理解できないと煙に巻かれてしまった記憶がある。そして、キキウスとポルポリカの関係は、信頼などという重々しい言葉で表現すべきではないとも言われた。
「ああ、すみません。艦長を観察するなど、本当に心の底から無駄な時間をすごしてしまいました。先に引き取って頂きたいジャンクを見て頂きましょうか。おっつけ艦長も来るでしょうから」
『ふむ。そうさせてもらおうか』
「ちなみに、追加報酬が発生した場合は、現金での支払いを望みます」
『あいよ』
　毒マスクのグラス越しに、カロタの目が笑った。
　ポルポリカに案内されて、砂航ホバーのカーゴルームへと足を運ぶ。
　基本的に、移動ではなく搬送目的の機械は居住性を犠牲にしている場合が多い。このホバーも例に漏れず、通路は狭いし天井は低い。であるから、最近は窮屈な通路は避け、専ら後部デッキからウインチに捕まってショートカットする。この方法を考えたのは、当然ながらキキウスであった。面白そうなことは後先考えずに実行に移す即決力と無計画を併せ持った男なのだ。
　二人してカーゴルームに足を運ぶと、嗅ぎ慣れた重油の匂いがカロタの鼻腔にまとわりついてきた。後部ハッチは到着時に開け放たれてあるので、あとは積み荷を検分して降ろすだけとなる。
『ほうほう。こりゃあＡ・Ｇの残骸か。アズリティクのギガント――ＮＢＢテクノス社製だったな』
　原型を留めていない鉄屑を一目見てその正体を言い当てるあたり、カロタの目は確かな物であった。
「たぶん、中身はヘカトンケイルあたりを流用したレプリカ・モデルかと思われますが」
『中身が同じＮＢＢなら流用も可能か。まったく、こんなのをどこで手に入れてきたのやら』
「拾ったんです」
『…そういうことにしておこう。ここまで壊れてるんなら、どうせバラしてオーバー・ホール用の部品在庫として利用するしかできなさそうだ』
　後部ハッチから見える景色には、もうビュコックとキキウスの姿はない。ウインチをこちらが使ったので、狭い階段を悪態を吐きながら昇ってきているころだろう。
　カロタは一通り取り引き商品を検分すると、カーゴパンツのポケットから小型の通信機を取り出し、どこかへ連絡を取り始めた。
「どちらへ？」
『ああ。荷が思ったよりも大きかったんでな。じいさま連中にも手伝ってもらおうかと』
　この時、さっとポルポリカの表情が曇ったように見えたのを、カロタは見逃さなかった。
『どうかしたか』
「いえ。確か、アカガネさま達はＲ２８コロニーの防衛に行っておられたと聞いていたので」
『うん。どうも、地球教の連中が引き上げたみたいだから、今日の朝に戻ってたんだ』
　そうですか、と思案顔でポルポリカ。
　カロタは訝しむ。表情の乏しいポルポリカが、これほど困った顔をしていることが、かつてあっただろうか。
『じいさまと何かあったのか』
「いえ。そうではありません」
　そうこうしている間に、ヤドカリのサイド・ハッチが開き、漆黒とカーキ色をしたＡ・Ｇが二体、姿を見せる。
　かつて東方圏の宙域を飛び回っていた猛虎舎工房製Ａ・Ｇである烈空\x87U型と、流浪民《ノマド》が好んで愛用するブナン・ブナン工房製Ａ・Ｇのイグニス。どちらも、骨董品と呼んで差し支えない程度には老朽機だ。あちらこちらを修繕し、あるいはカスタマイズして使用してきたのであろうことは、見た目からして明白である。
『姫さまー！いまそっちに向かいますからのー！キキウスの餓鬼にはあまり近付いてはなりませんぞー!!』
　果たして拡声器が必要なのだろうかと疑いたくなる程の大音声が、黒い烈空\x87U型より放たれた。
　カロタは顔をしかめる。
　どうも人前で姫さまと呼ばれることが好きではないらしい。
「あいかわらず、口やかましいジジイでんな」
　急勾配の階段から、言葉と共にキキウスが顔を見せた。この時、一瞬だけポルポリカと目配せしたことを、カロタは知覚する。どうにも二人の様子がおかしい。
「これを運び出せば良いのか？」
　その後から付いてきたビュコックが、鉄屑を見ながら訊いてきた。慣れていないせいか、日差しの強い外から急に薄暗い日影に来たので、さかんに目をしばたかせている。
「あー、あー。そう思たんやけど、カロタんとこの従業員が手伝うてくれるみたいやし、ビュコックは客室《キャビン》で休んどってえーで。何か目の調子も悪そうやし」
「そうもいかん。一度騎士が決めた約束事は守るのが鉄則。微力ながらも手伝わせて頂く」
「いやぁ、そう言われてもな…」
「くぉら！キキウス！姫さまの半径５０m以内に近付くなと、この前ちゃぁんと言って聞かせたの!?もっと離れんかー!!」
　ビュコックとキキウスの会話に割り込むようにして、老人の怒声が響きわたった。烈空\x87U型の防風紡《キャノピー》は既に開いており、そこから身を乗り出すようにして、小柄な老人が機械化した左手を振り回しているのが見える。額には今にも切れそうな血管が、こんもりと盛り上がっていた。
「じいさま、うるさい！そんな大声で怒鳴られては、話ができん。こっちに、降りてこい」
　カロタがそう怒鳴り返すと、
「おうおう。姫さま、無事でしたかな。このボンクラウスバカゲロウに何ぞ変なことされませんでしたかな？」
　老人は溶けるくらいに目を細めてにんまりと笑い、手慣れた動作で片膝を付かせた烈空\x87U型の操縦殻《コクピット》より飛び移ってきた。キキウスは昔、同じ様な動作を動物園のサル檻で見たことがある。喧しいところもそっくりであった。
　そして、老人は駆け足でカーゴルームへ入ってくるなり、いきなり腰に下げたチタンブレードを早業のように抜き構えて、カロタを護るように立ちふさがったのである。
　相対する位置にいるのは、戸惑いの色を隠せないビュコック。
　ビュコックとて、老人の突然すぎる豹変に驚きつつも、向けられた敵意に対し厳しい表情を崩さない。このような場面に慣れているのだろう。その目は油断無く武器になりそうな得物を探している。
　それはもう、一瞬の出来事であった。
「おい、キキウス」
　老人――アカガネ――が怨嗟の滲む声を吐き出す。
「何でんな？」
「どういうことか、説明せい。何でここに若いビュコックがおるんじゃい」
　状況がうまく飲み込めないカロタと、半分も判っていないビュコックを余所に、キキウスはほとほと困った顔をしていた。
　そして、ポルポリカは既にこうなることを予期していたのか、我関せずとばかりに冷蔵庫の中から冷えたミネラルウォーターを漁っていたのであった。

　　　　　　　　　　　　　　　４

　そう遠くない昔、カラーズと呼ばれる人間がいた。
　遺伝子を人工培養させ、作り上げられたクローンに、素体となった人物の記憶チップを脳内に埋め込んだ生け贄。
　人間と同じように生き、同じように死ぬ。ただ違うところは、カラーズに人権は存在しないこと。遺伝子に埋め込まれた反応分子が、特定の波長光にフェノメノン発色し、本人とクローンとを見分ける術となっている。故にカラーズ。
　かつて、騎士は戦場に立つ物と決まっていた。
　それが爵位ある者の責任であり、義務でもあった。
　だが、搾取のみを欲望のまま施行してきた貴族に、戦場は過酷であった。そして、理不尽であった。戦場で命を落とせば、子が責務を負う。だが、その子も倒れて血が途絶えれば、領地は没収されてしまう。そうならぬよう、貴族達がうち立てた苦肉の策。それがカラーズによる代理出兵であった。
　現在において、カラーズは倫理的観点および、技術的問題により製造を禁止されている。職業傭兵の発達した現代において、貴族が戦うことなど久しくない。つまり、封しても問題ない不安定な技術と位置づけられたのだ。
　その話をわたしに聞かせてどうするつもりだ、とビュコックはアカガネ老に詰め寄った。
　老人は豆粒の様な目でビュコックを睨み返すと、
「その頭が飾りでないなら、自分で考えぃ」
　と、一蹴した。
　つまりは、そういうことなのだ。
　人間のようで、人間ではない。
　見た目はおろか、塩基配列も、構成物質も、人間との違いは無いだろう。