ENo.715 Gun=Berry

ベリィ「ゲオルグさん、一体どこに……」

ベリィ「……こんな所で一人はぐれたら、危ないに決まってる…早く、見つけないと」

はぐれた仲間を探し、街の周囲を歩く、ベリィ。
自分は自分で、一人でうろうろしていたら決して安全とは言えない為、それほど離れた所まで探しにはいけない。

やや、もどかしさを覚える探索。
以前のように装備さえ充実していれば、とは思うが、それは無いものねだりというものだ。

残してきた他の仲間も、気に掛かる。早く戻らなければならないのだが―――

すでに三時間ほども歩き続けている。
陽もそろそろ落ちかけようとする中、さすがに少女の足も一度、その場にぴたりと止まった。

溜息が落ちる。こんな事なら、あの子―――アリアと名乗った彼女をもっと問い詰めてみれば良かったのかもしれない。

ベリィ「答えてくれるとは思わない、けど…………」

そう思った、矢先の事だ。
焦げ付くような、何だか不快な臭気が鼻へと漂ってきて、一度眉が寄る。

―――　これは、まさか。

ベリィ「……人の焼け焦げる匂い……」

正直余り思い出したくもないが、彼女には幾度となくこんな不快な匂いを間近で感じる機会があった。
それは元世界での『ハンター』という仕事の性質上、どうしてもきな臭い戦闘の最前線にいた経験によるものである。

『蟲』の放つ青い炎。それに巻かれた人間はあっと言う間に燃えて消し炭となり、その命を吸い取られる。

まさかこの地に蟲が居るとも思えないが、ともあれ、少々の懐かしさを覚えてしまうことに内心辟易としていた。

なるほどよくよく考えてみれば、この地は流刑地。
そしてこの過酷な環境だ。疫病や殺人の被害にあって死の運命を受け入れざるを得なかった者達がこの周囲に多く居てもおかしくはない。
遺体を放置でもしようものなら、それこそ疫病などの原因になりかねない。とすれば、近くで火葬でも行っているのかもしれないな、と、思う。

あまり気分が良いものではない。早々にここを立ち去ろう。

そう考え歩き出したベリィの近くに、どさり、と何かが落ちて来た。
丁度それは、視線の向く先。
歩き出した足の数歩前に、あった。

臭気の原因は、これだった。

針金で巻かれた手首。
焼けてちりちりと音を立てる髪。痙攣する四肢。

もだえるように、足がうごめいていた。

―――まだ、生きている…！

ベリィ「――　！」

何が起きたのかを確かめる前に、咄嗟に足が前に飛び出した。
助けられるかもしれない、一度でもそう思ったらもう止まらない。

しかし余りにも唐突な事。
それが罠だと、元の世界に居た時であれば、すぐさま気付いたであろう。

カラン、と、つま先が弾いた何かに気付くと、ベリィの目が見開かれる。

ガーネットの塊のような、淡く光る小さな石。
見れば、焼け焦げたその身体の周囲に、大量にばら撒かれている。

ベリィは、それが何であるかを知っていた。

ベリィ「っ　………！！！！」

回避しようと飛び上がる足。間に合わない。

ぱん、と、乾いた音が鳴り響き―――　
爆発を起こしたその石は、更に周囲の石を巻き込んで激しい誘爆を引き起こす。

ぱん！　ぱんぱん、ぱんっ、ドォォン！

次々に弾け周囲を赤く染めていく炎と、それを巻き上げる爆風に焼かれ、ベリィの小さな身体が荒地に叩き付けられた。

至近距離の直撃は、いかに魔法に耐性のある彼女といえども、到底防ぎきれるものではない。
皮膚は焼け、地面に打ち付けられた腕の骨が一部、ひしゃげた。

苦悶に歪む顔。それが持ち上がった先――
煉獄のような炎の向こうに、『彼女』は居た。

今度こそ完全に動かなくなった消し炭、誰かの遺体をくしゃりと踏みつけて、ゆっくりと歩み寄ってくる。

赤い髪は、熱風を受けて殊更に紅を際立たせ、靡く。

ベリィ「―――……　っ、フレイク……！」

女の名はファイア・フレイク。

ベリィにとっては、忘れようにも忘れられぬ、狂愛の追跡者。

手に取った杖を一度くるりと回したフレイクは、転がったベリィを見ると、まるで悪意のないような笑みを浮かべ――　口角を吊り上げた。

フレイク「――待ってたわ、この時を」

ベリィ「……っ！　まさか、今までずっと……」

フレイク「あの邪魔者たちが居たら、二人きりで遊べないもの。ふふ」

――迂闊だった。

姿を消したと思っていた彼女は、以前の街からずっと……今まで、こちらの動きを遠巻きに追い続けてきたのだろう。

フレイクの力の基点となる『フレアライン・ケウス』が彼女の手元に無い事が、その動向を探ることにおいてむしろ障害となっていたのだ。結果、まんまと、一人になる瞬間を狙われた。

これまでは、一人になる事など無かった。それは、元の世界に居た頃から通しても、そうだ。

自らの緩みが招いた事故だとしか言い様が無い。
苦々しく唇を噛むと、力の入らない足に喝を入れ、ベリィはよたよたと立ち上がる。

フレイクの足元で崩れた、かつては誰かであったものを見つめると、ベリィの瞳が弱々しく潤んだ。
なんてことを。まだ、こんな事を続けるつもりなのか、この人は。

ベリィ「フレイク……　ぼくを追う為に誰かを犠牲にするのはもう、やめて……―――！」

フレイク「ふぅん？　……ああ、これ？　別に構いやしないでしょう、どうせここに居るのは罪人ばかりじゃない」

ベリィ「……フレイク！」

フレイク「………うるさいッ！！　ベリィ、いつからあたしに指図出来る程偉くなったの……！」

恐らくはこの世界で魔法を使う為に、代用品として手に入れたのであろう、簡素で長い杖を赤い少女が振り上げ、叩き下ろす。

ガンッ！　と、鈍い音がして、ベリィの鎖骨が砕けた。

ベリィ「……ぅっ、あ！」

がくりと膝から落ちるその姿を見、愉悦に頬を緩める、対峙する少女。
折れた肩口に杖の先をめり込ませると、ぐり、っとひねった。

一際高い叫びが、炎をバックにこだまする。

ベリィ「ああっ、う…！！！」

フレイク「……そうそう、そうやって大人しくしてたら可愛いんだから。お人形はそうじゃないと……」

フレイク「――――　ねッ！！！」

めりこんだ杖の先に生まれる火球。
それも、全力全開、民家の一つも瞬時に消し飛ばすような灼熱の火炎だ。

次の瞬間、ベリィの身体とフレイクの間に、先ほどの魔力の地雷とは比べ物にならないような爆発が巻き起こる。

――ズドッ、ドガアアアアアアッ！

ベリィ「あああああっ！！！！！」

地獄の業火に焼かれながら、小さく軽いその肢体は地面を転がり、まるで突風に煽られた紙くずのように吹き飛ぶ。

ずたぼろになった身体は、地面に露出した岩などに切り裂かれあちこちから出血し。
煤けた重度の火傷は見るも無惨としか表現出来ない程に、痛々しい。

派手に吹っ飛んだその姿を追って、事も無げにフレイクが歩んでいく。

勿論、フレイクには殺意など無かった。
徹底的に痛めつけ、弱々しく苦しむその姿を見たいだけ――　歪んだ愛情によるものだ。

フレイク「うふふふ。ね、昔を思い出すわよね、ベリィ。よくこんな風に、動けなくなるまで燃える姿を見せてくれたわよね」

返事は無い。ベリィは、微動だにしない。
死の寸前を彷徨っているのだろう。フレイクは、そう思っていた。

フレイク「――でも、貴女は死なない。こんな世界に居るとはいえ、ノトリア・ステラの加護は消えていない筈よ」

フレイク「さあ、そろそろ立って？　会えない時間に、あたしがどれだけ寂しかったか……身体に教えてあげ――――」

しかし、次の瞬間、ベリィの片腕が動く。
懐から取り出したそれは―――　ずっと隠し持っていた、フラッシュグレネード。

ある意味で、切り札の一つだ。

ばぁん、と、広がった光が、真っ直ぐに見据えていたフレイクの目を、焼く。

フレイク「っ、ああっ…！！」

至近距離の閃光に、さしものフレイクも、身じろぐ。
威力は無いが、視界はあっと言う間にブラックアウトし、世界は彼女だけの闇に包まれた。

フレイク「―――　っ、まだこんな事する余裕があったなんて…　ベリィッ！！！」

闇雲に振る杖は、何も捉えない。

やがて、ぼんやりと戻っていく視界の中には―――　ベリィの姿は、既に無かった。

フレイク「……………、やってくれるじゃない……」

フレイク「……逃げ切れると思っているの？　ふふ」

フレイク「…………まだそんな遠くには行っていない筈……　必ず捕まえて、もっとグチャグチャにしてあげる…！」

杖を持ち直し、未だ業火の燃え盛るその場を少女のシルエットが離れていく。

追い詰めた『恋人』を、再び永遠の中へと閉じ込める為に。