ENo.934 アルシア=フィアス

「はい。」
「……
　ええと。
　何だい？
　この安っぽいプラスチック製の銃は。」
「暫く狙撃銃なんて使ってないから、
　たまにはこれで感覚取り戻したら？
　と思って。
　材質は安っぽいし、
　特に何か出るという訳でもないから、
　安全だし、
　軽くて分解も可能。
　だけど、スコープだけは高性能。
　これ以上ないと思うのだけど？」
「いや、まぁ確かに、
　スコープから狙う……
　あー……
　うん。とりあえずありがたく貰っておくよ。
　全く……
　本物が欲しいんだけどねぇ。」
「流石に本物となると色々あるのよ。」
「分かってていってるんだよ。
　さて、それじゃ、早速使ってみるかね。」
そういって私は魅月と別れた。
「……やる気も喜びも満々じゃない。」
部屋から出た瞬間、
そんな魅月の私に聞かせるような呟きが聞こえたが……
ごもっとも。
私は正直玩具の銃とはいえ、
久しぶりに狙撃銃に触れる事ができて嬉しかった。

そんな事があったのが小一時間前。
今、私は丘の上にいる。
周囲には誰もいないし、
木陰にでも隠れれば、十分気づかれはしない。
とはいっても、
自分の世界以外の人間にそれが通用するかといわれれば、
否定せざるをえないのだが。
(……つくづく厄介な世界だね……っと……)
ともあれ、
自分のやるべき事――
久しぶりの狙撃(といっても実際に撃つ訳ではないのだが――)
を開始する。
スコープ越しに見えるものは普段違って、
自分にとってこれをする事が性にあっているのだと実感できる。
狙いに使うのは小型の動物。
動きが早く、
見失いやすい標的は、
感覚を研ぎ澄ませるのは丁度いい。
暫くそうしていると――
(うん？あれは――)
見覚えのある人物がスコープ越しで見えた。
車椅子に乗って移動する人物は、
知り合いであり、
私を警戒している人物でもある。
名前を天戸水鏡――という。
私としては、
中々興味深く親しくしたい相手でもあるわけだが。
――彼女の強い意志ある瞳はとても魅力的であるが故に。
強い意志をもつ人間ほど、素晴らしいものはない。
好感が持てる。
ともあれ、折角見つけたのだし、
暫く様子を見ながら後で声をかけようと思っていると、
不意に、彼女が辺りを見回し始めた。
一応確認してみるが、
彼女の周囲に変わった様子はない。
そうして照準を外していると、
彼女は影に隠れるように移動を始めた。
(うん――？)
ともあれ、
私も移動しながら彼女の姿を捉えるように動く。
そうすればするほどに、
彼女は逃げるように移動する。
(――まさか――？)
勘付かれているのだろうか？
手に持った銃を解体し仕舞う。
スコープもしまい、
肉眼で彼女を探す事にしたところで、
彼女は動きを緩め始めた。
それを確認し、一つ動きを緩めて自然と彼女へと近づく。
――常に警戒を払っている為か、
本当に勘が良い事で。
少し苦笑いが浮かんでしまう。
ともあれ――彼女の向かう先に先回りをして声をかける。
「……奇遇だね。
　つい見かけたから声をかけたんだけど、
　良かったら少し話でもしないかい？」
「……！
　あなたですか……
　良かっ……いえ、なんでもありません。
　……所で、お願いがあるのですが……」
お願い？
一体何だろうか？
なんとなく予想はつくものの、
首を傾げ――
「私にかい？
　――良いよ。
　私に出来る事ならね。」
「……助かりますが、
　そう安請け合いされても少し対応に困りますね……
　――先ほど、
　殺気こそなかったのですが、
　誰かに狙われました。
　気のせいかもしれませんが、
　何か寒気を走るような感覚がして――
　……まるでそう、狙撃をするかのような……」
「あー……」
やはり、気づかれていた、
そう思うと思わず頭を掻いていた。
別段悪気だのなんだのは無かったのだが、
私のせいなのには間違いない。
はぐらかしてもいいのだが――
今の私は別に軍務できている訳でもなく、
別にこれくらいなら教えても問題ないだろう。
「多分、私のせいだと思うから気にしないでいいと思うけど？」
「……。
　――はい？」
「さっき、これで覗いてたから。」
そういってスコープを取り出し、
覗き見る。
「……。」
「……。」
「……何か力が抜けました。
　……なんでまたそんなもので私を見ていたのですか？」
「うん？
　つい見かけたから追いかけてみただけなんどけど、
　良く気付いたね。
　気づかれない自信はあったんだけど。」
「……これでも周囲に警戒するのは慣れてますし、
　これくらい出来なければ生きていけませんから。」
「流石だね。
　――まぁ、
　別段見てただけで何かしようと思ったわけじゃないさ。
　すまなかったね。」
「……いえ。
　そういう事でしたら。
　……でも……
　だとすると……
　貴女の本来の役目というのは――」
――告げようとした言葉。
その先は大体の予想が出来る。
だから、
私はそっと人差し指を立てて口元に持ってく。
「……。」
「……。
　まぁ、内緒って事にしておいてくれると嬉しいね。
　それがあってるか間違ってるか分からないけれど、
　ちょっとややこしい状況になっているから、さ。」
「……分かりました。
　そちらがそういうのならば、そういう事にしておきます。
　下手に虎の尾を踏みたくありませんので。
　……全く、本当に面倒な人に目をつけられたものです。」
「はは。すまないね。
　まぁ、私から害を与える事はないさ。
　安心できないかもしれないけど――」
安心してくれ、
そう言おうとした時、
第三者の声が割り込んだ。
「安心していいわよ。
　少なくともこういう口約束は破る性質じゃないし、
　破る時は事前にいってくるタイプだから。」
完全に不意を突かれた。
「……。」
「……。」
「あら、どうしたの？
　二人とも黙り込んで。
　――ああ、
　様子見にきたら話し込んでいたのでちょっと声をかけただけよ。」
「……あんたはいつも唐突すぎる上に、
　気配が分からないんだよ。魅月。」
「……ええと、彼女は一体……」
「ああ、初めまして。
　貴女の事は知っているから自己紹介はいいわ。
　知ってると言っても細かい事までは知らないけれど。
　……私は伊賦夜魅月。
　こっちのアリアへの連絡員って所かしらね。」
「……連絡員ですか？」
怪訝そうにする水鏡。
気持ちは分からないでもない。
学生服を着て明らかに若く、
もし、私と彼女の世界が似たような世界なら、
国籍が違う事も分かるだろう。
接点が薄そうな上に、
更に立ち場が軍属の私より。
これで理解出来る方が少ないだろう。
「ええ、そうよ。
　少し縁があってね。」
「……。
　どうでも良い事ですが、
　あなた達は本当に変わっているというか、
　理解が出来ません。」
「まぁ、敵じゃないだけで十分ではないかしら？」
「……。
　それはそうですね。」
そして初めて会った相手に喋りながら、
時折水鏡が私に向けてくる視線は、
戸惑いと、
また厄介な事をと少し攻めるような視線。
苦笑いを浮かべ少し謝る。
「……はぁ。
　まぁ、良いです。
　どうにも……
　あなた達に関しては、
　四の五のいっていても始まらないようですし。」
「ふふ。ありがとう。
　分かってもらえたようで嬉しいわ。」
「……少しあんたは自重しろといいたいけどね。」
「あら、お互い様じゃないかしら？」
「……それにしても仲がいいのですね。
　付き合いは結構長いのですか？」
『全然。』
「……。」
そして、私と魅月のやり取りを見て、
混乱の度合いを水鏡は増したような気がする。
別にそんな意図とかがあったわけじゃないので、
少し申し訳ないが、
かといって私にどうにかできる問題でもなく――
「……ま、こんな奴だけど、根が悪いわけでもないし、
　軍に関わってるけど、
　軍属とかそういう人間じゃないから、
　暇があったら付き合ってやってくれないかい？」
そういうのが精一杯だった。
「分かりました。
　少なくともあなたと同じくかかわった時点でアウトな相手なのは、
　確実のようですし――」
「そう褒めないでもらえるかしら？
　お詫びに今度何か奢るわ。
　アリアのお金で。」
「まぁ、そりゃあ最初からそのつもりだけど、
　あんたがいう台詞じゃ……」
「……。」
しかし、気のせいだろうか？
私と魅月が言い合っている最中、
少し水鏡の表情に笑顔のようなものが浮かんだように感じたのは。
しかし、全く。
――こういう馬鹿をやる日々が
いつまでも続けばいいのだけれど――