ENo.854 享楽

作者Σ(´Д｀；)
完璧に遅刻した!!前回に投稿しようと思ってた文章コミュイベント作品になります。チキレマジ良くない。
では、以下本編になります。読んでくださる方がいたら嬉しい!!

【第一回文章コミュイベント参加】
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野盗との戦いは特筆することなく終わった。
　前回の戦闘から今回の戦闘までの間に数々の戦いを重ねて力と経験値を増した享楽＆フィンチと、同じ場所で悪さをしているだけの野盗とでは力に差が出るのは必然と言うものだろう。しかし、一度負けると苦手意識が先行して思わぬ連敗を期すこともあるのが世の常だが、享楽とフィンチは惑わされず落ち着いて戦うことが出来た由の勝利と言えるかもしれない。
　そして今、戦いを経た享楽達は別の道を進んでいるソニア達に追いつくため全速力で元来た道を戻っている途中だった。
そんな中、享楽は同道するフィンチに無理を言って単身ある場所へと訪れるのであった。

　享楽の前に広がる薄桃色の吹雪の中、その木は姿をあらわした。
　幹の太さは如何ほどになろうか。両手を広げた大人の男性が20人は必要になりそうなくらいの太さを誇っている。
　その大きな幹より広がる枝葉は広く天に傘を広げたようであり、もしはるか高い上空から下界を見下ろすことが出来たのならさぞ綺麗な桃色の傘が地に咲いている様子が見えていた事だろう。
近づいてその桜の幹を見てみれば、一本の太い幹だと思っていたものが実は多くの桜の木が幹を絡ませ螺旋を形作りながら天へと伸びているのがよく分かる。
一本より群れて咲く事で一層美しさを際立たせる桜。しかしここにある多くの桜が一本の櫻を作り出す奇跡、これこそが一本での美しさと多く集まった時の美しさの両方を兼ね備えた最高の櫻を生み出したのだろう。
　そのことは、セルフォリーフという世界で伝説にもなっていることが裏付けている。

　(っと、いつまでも見惚れていてはだめさ〜)
　櫻を見上げたままの姿で立っていた享楽は、ふと我に返る。
　櫻の存在感に圧倒され、背からずれ落ちそうになっていた荷物を背負い直すと櫻の幹の根本へ向けて歩き出す。
　背負った荷物を供物として捧げる為ここまで来たのだ。いつまでもその美しさに見惚れてはいられない。

　幹の根ともいえる部分、多くの桜の木が描き出した螺旋の渦の中に隙間を見つけると享楽は荷を背負ったままその暗がりへと歩みを進めていく。
　隙間と言ってもこのレベルの樹になれば大人一人入るぐらいの広さは持っているようだ。何から何までスケールの違う樹である。
　歩みを進めていくうちに周りへ目を凝らすと，そこかしこに小さな社が建てられているのが見て取れる。新旧さまざま入れ混じっていて，いつから建てられ始めたのかは分からない。だがしかし、この櫻を一種の神と見た神格化がなされているのは確かなようだ。
　歩き始めてまもなく徒歩10歩と言ったところだろうか、周りの社とは雰囲気や拵えの違う社が姿をあらわした。
　雰囲気から察しても、この社がこの桜を祀った最古のものなのは確かなようだ。
　
　荷を下ろした享楽は中から御神酒と餅、塩、供物として自分の歯を一本、ささやかながらお布施を取り出し社の中に飾っていく。
　本来ならもっとしっかりとしたお礼の仕方があるのだが、不慣れな土地と言う事もあり変則ではあるが今の享楽に出来る限りのお礼の仕方となった。
　飾り終えた後、『2礼2拍1礼』と言う享楽が元いた世界であった礼拝の仕方で社へ参る。
　（この世界でもお世話になりました。）
心の中で享楽は礼を述べる。元の世界でもこのセルフォリーフという異世界でも、不安に駆られたままの状態で戦闘に入り悪い緊張によって無様な姿を晒さなくて済んだ事に。
　「前回での野盗との戦闘。リベンジ戦と言う事もあり不安が身体を支配していたさ。あのまま戦闘に突入していたらどうなっていた事か…戦闘前夜にあなたの花の一片を見なかったら、不安に駆られ恐慌に陥り負けていたかもしれないさ。」
そう言うと享楽は深く頭を下げる。
御社の奥に据えられた桜の枝が、風も吹いていないのにその葉を揺らした事を頭を下げたままの享楽は知る由もなかった。
　
　祈りを終えた享楽は身をひるがえし外へと向かう。
　（せっかくここまで来たのさ。今日は花見をしながら外で一夜を過ごすさぁ。）
　入ってきた隙間から外へと享楽が足を踏み出すと、周囲の景色は入る時と一転していた。
　あちこちで酒盛りが行われ、街道沿いには屋台まで開かれている。さっきまでまばらにしか見えなかった人影はその数を増やし、ちょっとしたお祭り騒ぎに辺りは包まれていた。

　「これは…今日、実はお祭りの日だとか？」
あまりの変わり映えに享楽も面食らう。そんな享楽に声をかけてくるものが居た。
　「旦那、何をぼーっとしてるんです？せっかくのお祭りなんですから楽しんでくださいよぉ♪」
　和服に良く似た服に身を包んだ女は、狐の面を付けたまま享楽の手を引いて御囃子と踊りをしている一団の方へと向かって行く。
　「おぃおぃ、急かさなくても女の誘いを断るような不粋はしないさぁ。ところで女、その身にまとっている服は一体…俺の故郷の服装に良く似てるな？どこで手に入れたんだ？」
　享楽の手を引く女は振り返らないまま声を返す。
　「そんな事どうでも良いじゃないのさ。それよりもほら、踊った踊った♪」
　御囃子の輪に着くなり、女は享楽を輪の中心へと押し出す。
　「っとと。」
　躓きながら輪の中心へと享楽が躍り出ると、周囲から歓声が沸き起こる。
　「よっしゃ、兄ちゃん踊れ〜」
　「下手な踊りは見せないでおくれよ!!」
　「楽しめ兄ちゃん。祭りだ!!」
　えとせとらえとせとら
　
　そんな歓声の波に乗るように、享楽は拍子を紡ぎ出す。
　享楽とて、舞を闘いの術として扱うほどには舞踊に自信を持っている。
　皆を白けさせるような踊りを舞うつもりは毛頭なかった。
　「では、一差し御披露といきます。」
　延ばした指の先には一片の桜、もう片方の手で扇ぐは懐より取りいだしたる満月に寺を描いた和紙の扇子。
　ゆっくりと動き出した身は次第に動きを早め、お囃子に合わせて拍子を刻む。
　
　せや、我等が桜が咲きまいた。
　　この年この時期この時に
　　めぐり合いたる人の縁
　　名も素性も知らねども
　　櫻の美に酔い痴れて
　　踊れや踊れ
　　皆で舞い散る桜のように
　　踊れりゃ踊れ
　　淡い幽世の覚めるまで

御囃子に合わせて皆が歌い、皆が踊る。
美しい櫻を見ながら酒を飲む。
まるで故郷に戻ったようだと享楽が思うほど、今起こっている事は懐かしさに溢れていた。

いつ終わるとも尽きぬ祭りは続き、なかなか明けぬ夜を享楽は踊っては酒を飲み、飲んでは踊るを繰り返し続ける。
狐面の女と夜店を回り、他のいろいろな面をかぶった女や男と輪になって踊ったりもした。

それからしばらく後…
享楽は力尽きて、横になっていた。
狐面の女の子も傍に座り、祭りの様子を二人で眺めている。
祭りはまだ終わりそうにない。
しばらく２人で眺めていると、疲れからか享楽が眠りの淵へ足をかけ舟をこぎ始める。
と、呟く様に女の子が享楽に話しかけてきた。
「ねぇ、楽しかった?」
「楽しかったさぁ。と、言うよりも懐かしかったかな？」
睡魔に襲われながらも、享楽は何とか答えを返す。
「そう、それなら良かった。どんなことをすればここまで来てくれた御礼になるのかわからなかったから…」
「??何の話さ?」
「ううん、何でも無い。それより、眠いなら眠ったほうがいいよ?後でちゃんと起こしてあげるから。」
「そぅ？何から何まで悪いさぁ〜。ちとお言葉に甘え…」
言葉を最後まで放つ前に、享楽は眠りに落ちていく。
「良いよ、気にしないで。それより、これからはきっともう大丈夫。」

女の子の小さな呟きを聞きながら享楽の瞼が落ちる直前、隣にいたはずの女の子の気配が一気に希薄になる。
抗えぬ睡魔の中、わずかな視界に写っていた周りの人々が徐々に消えていく。
代わりに一本の櫻がぼんやりと光を放っていたような気がするのは享楽が見た夢の話なのか。

頬をくすぐる桜の花びらで目を覚ました享楽が見たものは、祭りの名残を感じさせない桜色の広場だったという。
そして、櫻の木は変わらずの美しさを誇っていた。