ENo.2874 茜

オルゼの街の宿でくりおね抜きで今後の予定をおさらい中。
いや、ハブってる訳じゃいのよ。ヤツは街に付くと野暮用とか何とかで不在にする事が多いから。

「次の行き先はココです」

伊吹君が地図のチェックしてある場所を一つ指差す。今居る街から南東の方の山を越えた先の森だ。そこへの道中に巨大な山猫が居るらしいので、そいつをシバキ倒し賞金ゲットの算段である。その後もオルゼ南の山の中で賞金の掛かった依頼を数日掛けてこなす、といった予定だ。

「しばらくは山道になるな。色々用意しとかないとな」

俺が考え込んでいるのを見て伊吹君も同意とうなずく。

「そうですね。食料は買い込みましたけど、野営の準備はまだ不十分かも」

「山育ちの獣とか臭そうだけど、やっぱ食っときたいよな。バラす用に予備のナイフ買っとこうかなぁ」

「色々持って行きたいけど、自分もこよみさんも重荷は避けたいんですよね」

「マンモス解体したとき、ボロボロになっちまったからなぁ。研いどいたけど、やっぱ新品も買っとくか」

「……茜さん」

「あと山菜も積極的に探したいなーと。この世界の食べれる植物的な本、探せば有るよなー、きっと」

「……………」

「俺は真面目だぞ」

「知っています。だから余計悔しい」

伊吹君が目を潤ませているのを見て、流石に居た堪れない気持ちになった。

「ごめん。悪かった」

「いえ、自分がいけないんです。イチイチそんな事気にする自分が…」

ふと。ここで何時もは口やかましい位なこよみがずいぶんと大人しい事に気付く。朝は普段通りだったのだが、今は一言も喋らずずっと俯いたままだ。

「……こよみさーん？」

「……………」

むに。

こよみのほっぺを両側から摘んでやった。どうだ？

「……にゃにひゅるんれふ？」

「体の調子が悪いなら言いなさい」

こよみは俺の手を振り払うと、何処か遠くを見る目で俺から目線を逸らした。

「体は大丈夫です。疲れとかだるさとかは無いんで。ただ難しいことが考えられないというか…。頭がボーっとしちゃって」

それはちょっとマズイと思うんだが。出発の延期を提案するが、こよみは大丈夫だからと言い張るため、結局は予定通り事を進めることになった。そして。

出発時間になっても、くりおねが戻ってこなかった。

「……………」

「……………」

「……茜さん」

「……何がいかんとや」

くりおねとは謎の技術で携帯電話（ﾒｲﾄﾞｲﾝｱｰｽ）で連絡が取れる。筈なのだが、何故か出やがらない。圏外・電池切れアナウンスを３回聞いて、さてどうするか…。

「茜さん」

ここで、ずっと押し黙っていたこよみが急に口を開いた。その表情は何時に無く真剣だった。

「おう。どうした？」

「…申し訳ないんですけど、茜さん一人でくりおねさんをもうしばらく待ってもらえませんか。私はどうしても今日先に進まないといけないんです。お願いします」

うん。……なんですと？　伊吹君の方を見た。これまた何時に無く自身有りげな表情で、任せろー、と言わんばかり。

何か。今日の二人は何か変だな…。

「茜さん、お願いします」

「ん、あぁ…」

まぁ。俺はくりおねに雇われてついて来ただけで、この二人の過去とか目的とかは向こうから言わない限り詮索しようとは思っていなかった。この二人にとって、今まさに【大事な用事】が有るんだろう事は何となく雰囲気で感じ取る事が出来た。そしてそれを邪魔するつもりはさらさら無かった。

「ま、それで問題ねーよ。後は任せておけ」

こよみと伊吹君を先に行かせ、俺は宿でくりおねを待つ事にした。
今の時間は午前１０時過ぎ。昼までに合流できれば何とか２人には追いつけるだろう。

「ただいまー。茜ちゃーん、おやつ買ってきたよー。食べよーぜー」

くりおねが帰ってきたのは、昼が過ぎてそろそろおやつの時間かなぁ、ってぐらい。睨み付けてやったら、勝手に土下座しやがった。

……さて、どうしようか。

「え、出発は明日でしょ！？」

今日です。５時間ほど前に出発している予定です。

「誰が言っていた？」

「………伊吹君。だった、よ？」

俺は挙動の怪しい昼間の二人の事を思い浮かべていた。やはり何か裏が有りそうだ。

「まぁ。遅れたもんは仕方ない。今からでも追いかけたいんだが」

そう告げると、くりおねは腕を組んでその場でグルグル回り始める。…なんだその反応は。

「うーん。困った。困った事になったぞ」

「悩んでたんかい」

「いやねぇ。装飾の仕事を今夜やらないとマズイのよー。もう契約しちゃってて…」

なるほどねぇ。何か有りがちなパターンになってきたぞー。
ちょっと伊吹君に連絡を取るか…　　あ。

「ところでさ。おめー、携帯の電源切れてないよな？」

「え？」

くりおねはネクタイと胸？の隙間の影から、四次元ポケットよろしく携帯電話を取り出し操作しながら、オウ、と悩ましい声を上げた。

「おかしいな、電池切れだ。充電は伊吹君に頼んでたんだけどな」

……そっか。そして伊吹君に貰った謎の通信機は、案の定繋がらなかった。

さて。色々と疑問疑惑が溢れてくるが、一先ずどうするべきか。

一応。今日中に合流する約束で分かれたんだしな。そうだよな。

「よし決めた。俺は今から出発するから、くりおねは明日出発してここまで来い」

そう言って、俺は明後日の目的地にチェックを入れた地図をくりおねに渡した。

「うん。この距離なら明日からでも行けるねぇ」

「そういう事だ。じゃ、俺は行くぞ」

「いってらー」

くりおねと分かれた後、俺は山道を走った。

こんなに全力疾走したのは何時振りだろうか。と思ったが、くりおねと初めて遭遇したときも全力で逃げた気がする。街から東には山間を南北に通る道がある。今走っているのは、そこに繋がる山道だった。前に一度通った道だ。お陰でかなりスピードをだせた。体力と足には自信があったし、運動神経は自慢しても良いくらいだと思う。が、流石に今回は時間が無かった。日が落ちたらそこでアウトだろう。夜の山道はちょっと厳しい。

とにかく走ることに意識を集中した。あの２人の事は…

今は考えないようにした。

山を抜け森が見えた。目的地は近い。日が暮れ始め、俺の体もそろそろ厳しい。何とかこの森を抜け…　そこで巨大な影がヌっと森から突き出した。

「うぇっ…！？」

ずいぶんと間抜けな声が自分の口から漏れてしまう。

しまった。完全に不意を付かれた。

巨大な影は動きを止めた俺に襲い掛かってきた。