ENo.1828 霊夜　代

――およそ、三日前。

「リン様、今日はどちらへ？」

「図書館よ。」

「……また、ですか？　勉学に励むのであれば、何も……」

「……そうね、私に見合う講師が見つかれば考えてあげる。居ないなら黙ってて。」

「り、リン様！！」

王宮から一人の女性が出てくる。
後ろから多くの女性達が外出を止めようと飛び出してくる。

しかし、全員が言い返され、反論できない状態にされてしまう。
そして女性は不機嫌な顔で王宮から出て行くのだった。

「……ふん、私を檻に閉じ込めたい奴らめ。」

女性は小さく、誰も聞き取れないような声でそう呟いた。

あれから十年近くの月日が流れた。
リンも一人前の容姿と一人前とは言いがたい性格に成長していた。

もう、父親が死んだ事は過去の事になっている。
しかしリンは未だに一人で戦い続けていた。

いつか、この国に彼を呼び戻す為に。

図書館に着く。
もうこれで何十回、何百回とやってきたせいか、本はどこにあるのか大体覚えてしまった。

受付嬢も常連が来たと思い、いつものような笑顔で羊皮紙とペンを貸し出した。

「……あら？」

いつもの様に本を探しているのだが、今日は何故か見当たらない。
どうやら本棚から目的の本が無いようだった。

誰かが読んでいる最中なのだろうか。

探そうと思ったのは、騎士団長の記録について。
彼が今どこで何をしているのか、リンは何も知らない。

しかし、それに関わりそうな文献が全て見当たらなかった。

「参ったな……どうしよう。」

ふと、机のほうを見てみる。
するとそこには見覚えのある黒い獅子の青年が居た。

リンはこの青年の事を覚えていた。
何故なら、明らかに一般人とは違っていたからだ。

今日もまた、青年の背後に二人ほど、影が見える。

一人は青年と同じ種族の、黒い獅子の男性。
童顔に見えるが目付きが鋭く、幼い印象はあまり無い。

もう一人は赤い装束を纏った人物。素顔はよく見えない。
その赤い装束の周りに鎖が巻かれており、身動きがほぼ出来ない状態になっている。

一般人の後ろに霊がついているのは割とよくある事だ。
しかしその霊が……普通の霊と少し違うように感じ、印象に残っていた。

……あまり関わりたくは無いが、本が返ってくるまでは時間を潰さなければいけない。
暫くはこのへんの本で時間を潰そうと、適当に本を取る。

「あの……すみません。あっ……あの時の……あの後、宿に着きました？」

偶然を装って、声をかける。

「ほえ？　……ええと？」

黒い獅子の青年はリンを見てぽかんとしていた。
無理もない。会ったのは数日前に一回だけ、それも短い時間なのだから。

「あー……あの時の。結局宿に辿り着いたの真夜中だったよ。」

どうやら青年もリンの事を思い出したらしい。

「あら……私、何か間違えました……？」

「いやいや。門の場所覚えてなかった俺が悪いから、気にしなさんなー。」

「そうですか……あ、前失礼していいですか？」

「ああ、別にコレ俺の机じゃないんで、適当に座ってくださいな。」

「はい、じゃあ失礼しますね。」

そう言って、前に座る。

ふと、青年の周りに積んである本に目が留まる。
それはリンが探していた本が大量に積まれており、もう読み終わった後のようだった。

この人が借りっぱなしだったのか……

「あ……す、すみません……その積み上げてる……下から二番目の本、良かったら……」

初対面の人に対してきつい言葉は言えない。
仮にも身分を隠してこの場所に居るのだからあまり騒ぎにしたくない。

「あ、あー。ごめんごめん、俺はもう読み終わったから。はいどーぞ。」

「ありがとうございます……！」

そう言って本を受け取る。

それにしても、この人は何故こんな本を読んでいたのだろうか。
リンはそれが非常に気になった。

ふと、青年のほうを見る。
すると青年ではなく、後ろにいた黒い獅子の霊と目が合った。

霊は笑顔でこちらに手を降った。
リンは目を逸らすように、本を読む事に集中した。

何だろう、あの霊は……！

今まで霊を見る事はあったものの、霊に対して恐怖を感じた事は無かった。
しかし今日は何か、恐怖に似た何かをリンはずっと感じていた。

霊はその様子を見て、ニヤニヤと笑っていた。

『……想い人、ですか？　良いですね、若い人は。』

これは……青年が喋っているのではなく、霊が喋っているのだろうか。
リンは顔を合わせないように、ずっと本を見ていた。

『……尋ね人に恋、ですか。良いですねぇ、そう云うチープな恋物語も。』

明らかに挑発している。
霊は明らかにリンに対して、何かを挑発しているのがすぐにわかった。

『然し、実りませんよ。何故なら此の青年は賞金稼ぎなのですから。』

え……？
耳を貸してはいけないと思いつつ、その言葉に反応してしまった。

そして、顔を上げてしまう。
見たのは、それをニヤニヤと笑いながら……鋭い目付きで睨む霊。

挑発に乗ってしまったが、ひとつわかった事がある。

この青年は、騎士団長を追ってやってきた人物なのだと。
彼の場所を守る為には、まずこの青年を何とかしなければ……

青年が何かを書き終わって、席を立った。
その直後にリンも席を立ち、大急ぎで王宮に戻った。

自分の部屋の、物置。
かつてこの部屋で、あの人を手当したものだ。

その際に、彼に返し忘れた物がある。

重く、装飾部分が多い剣。
しかしこの剣には魔力が宿っており、うまく扱えれば敵を軽く薙ぎ払う。

あの騎士団長も、かつて戦争でこの剣を使い、多くの兵を救ったと聞く。

その剣を持ってみる。
ずしりと重く、振るうのも難しかった。

「守らなきゃ……私が全部。」

そうして彼女は決意する。

そして、その勝負の行方は…………