ENo.1307 ペンブローク・C・ウェルシュ

ペン「うむ、退治完了なのだ！」

クッションとするのに良さそうな魔物を倒した我輩は、早速それを用いて休もうとしたのであるが…

ペン「な、何なのだこれは？これはどちらかというとクッションよりは餅に近いような…というよりそのものな気がするのだ！」

後で聞いたところによると、大福という菓子の一種の変異体と思われる存在だったのだ。
ともあれ、この魔物を倒した後での目的はどうやら達成できそうにないのだ。

ペン「…クッションには不向きであるな。折角の我輩の頑張りが水の泡なのだ…。」

むぅ…上手くいかないものであるな。

ペン「うむ。休んだら再出発なのだ。次はもう少し南下して――」

『さて…つ…は…』

――ん？今確かに声が聞こえたような…？
それも割と近くから。

『ふむ…こ…ター…は…以前…調…し…変…体のもの…似か…った部ぶ…が…』

む、むむむ？
これはもしかして――

ペン「…誰なのだ？…そこに誰かいるのであるか？」

念のため、「それ」に向かって声をかけてみるのだ。
だが、途切れがちで上手く伝わっていないみたいなのだ。

ペン「…、おぉい、誰かいないのであるか？」

『…誰だ？』

ペン「おお！やはり誰かいたのであるな！」

やはり我輩の見立てに間違いはなかったのだ！
反応が返ってきた――例の指輪を見ながら喜びをかみしめる我輩。

ペン「どこの誰かは分からないのであるが、こんにちはなのだ！」

やはりまずは挨拶、基本であるな！
相手の声も、戸惑いを感じつつも挨拶を返してくれたのだ。

ペン「うむ、やはり人と交わす挨拶は良いのだ！」

この世界での生活が続くと常識が分からなくなりそうであるからな！
どうも相手が少し呆れているように感じ取れたのだが、それは些細な事なのだ。

ペン「ところで…この指輪はいったいどうなっているのであるか？突然貴殿の声が聞こえたのであるが？」

この指輪にこのような機能があったとは…。
声の主は落としたあの者の知り合いなのであろうか？

『さぁな。どういう仕組みなのかは私にも良く分からん。何せこれは私の物ではないからな。』

ペン「なんと、そうなのであるか!?実は我輩の方の指輪も自分の物ではないのだ。これはある人物の落し物なのだ。」

全く偶然ってすごいのだ！

『しかし、落失物なら落とし主が困っているのではないか？しかるべき場所に渡した方が良いのでは？』

声の主がそのような事を言ってくるのだ。
確かにそれが最も適切なのであろう――この世界でなければ。

ペン「いや…アンジニティはそんなことをできる環境ではない事くらい、我輩にだって分かるのだ。このような世界でそんな事を考えるとは、貴殿は余程のお人よしなのであるな。」

まさかアンジニティでこんなお人よしに遭遇するとは思わなかったのだ。

『…アンジニティ？』

…うむ？今の反応は…？

ペン「む？…貴殿もアンジニティにいるのでは…。」

『いや、違う。今私がいる世界はセルフォリーフだ。尤も、私はセルフォリーフの住人ではないのだが。』

ペン「なんと！そんな事が!?」

まさかアンジニティ以外の世界と繋がっているとは…。
てっきりアンジニティ内でのみの通話だと思い込んでいたのだ。

ペン「いやはや、不思議な事もあるものなのだ。だが、ウェルシュ家の男子たる者、このくらいでは驚いていては…」

『ッ!?』

その瞬間、相手が息を呑む気配がした――様な気がしたのだ。

『…君の名は？』

考えてみれば名乗らないままここまで話していたのであるな。

ペン「む？我輩としたことが名乗っていなかったであるか。我が名はペンブローク・C・ウェルシュなのだ！」

『…そうか、やはり君があのウェルシュ家の…』

…？
「あのウェルシュ家」とはどういう意味…
…ッ!!ま、まさかッ!?

ペン「も、もしや貴殿もあの世界出身の…あっ!!い、いや、違うのだ！間違いなのだ！断じて我輩はウェルシュ家の者ではないのだ！」

ウェルシュ家。
我輩のいた世界の故郷ではその家名が示すのは――罪人の一族。

だが――

『安心しろ、私は君を憎んでなどいない。むしろ君を助けたい。』

声の主はむしろ先程よりも少し優しい態度になった気がするのだ。
どういうことなのだ？知っている者ならば普通、もっと忌避しようというような態度になる筈。

ペン「…何故？父上の罪とされる所業を知っているのならばそのような考えには普通は至らないはずなのだ。」

警戒心をはらんだ我輩の言葉に、相手は一瞬言葉に詰まったようなのだ。

『…すまない、今はまだ詳しく話すことはできない。だが、君の父上が犯したとされる罪は濡れ衣であると私は知っている。』

――そ、それはつまりッ!?

ペン「やはり父上はあのような大勢の民の虐殺など行っていなかったのであるな!?…しかし、なぜ貴殿は父上の罪ではないと知っているのだ？…貴殿は一体…？」

『…すまないが、それもまだ話すことはできない。』

どうやら、相手にとっては言いにくい事のようなのだ。
今は無理強いする必要はないのだ。

ペン「いや、良いのだ。貴殿の名は？」

『…私の事はジンと呼んでくれ。』

ペン「ジン殿であるな。ジン殿、これからヨロシク…」

そう伝える先に、僅かながらノイズの様な音が混じり始めたのだ。

ペン「…む？また調子が悪くなって…」

『…い？ど…した？…お…ッ!?』

途切れ途切れとなった声は次第に小さくなり――やがて完全に聞こえなくなったのだ。

ペン「むぅ…完全に途絶えてしまったのだ。それにしてもジン殿…一体何者なのであろうか？」

とりあえず今のところは敵ではなさそうなのだ。言いにくそうにしていたようであるが、時が来れば話してくれるのであろうか？

ペン「とりあえずは、我がウェルシュ家の無実を証明できるかもしれないのだ。うむ！俄然この世界から脱出する気になったのだ！」