ENo.2262 アス

やめて。

とうさん。もうやめてよ。
かあさんも、ぼくを庇うのはやめて。

ぼくは平気だから。平気だから、ねえ。

があん、とおっきな音がした。
と一緒にかあさんが‥くずれおちた。
とうさんは、なにか持ってた。

「んなに俺よりもその餓鬼が大事ならよお、売り飛ばすのはやめてやるよ」

動かなくなったかあさんに、とうさんがまた一回蹴りを入れた。
かあさんの背中は、ぼくがこの間零した色と同じ色で濡れていて――

かあさんはうごかなかった。
ぼくは、うごけなかった。

突きつけられたものにもその色はこびりついていたから。

「代わりに今、こいつをこの場でお前から摘み取ってやろうかァ、アス！」

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「‥い、アス！アス！！」

肩を揺すられているのに気がついた、というあたりでもう語るに落ちているだろうか。
‥寝ているでもなく肩を揺すられて意識を取り戻すというのはなんとも気分の悪いことだ。

「カガチさん‥。‥すまん、大丈夫だ」
「大丈夫そうには見えないぞ」

‥先日から彼には不調を見透かされている。
そういう前置きあって尚、今回白昼夢と相成ったのであればまあ‥言い逃れはできないだろう。
‥‥出来ない出来るの話ではなく、真っ当に話をすることはまだ‥俺の踏ん切りがつかないけれど。
いつかは話さなければならないのだろう。

‥‥‥。
けれど、あの夢は。
俺の記憶にあんなものはあったろうか――。
‥いや、今は彼の違和感を少しでも拭うべく見繕うのが先か。

「大丈夫だ。少し睡が浅かったものでな？‥それはまあともかくとして‥先程のわかめを貰えるかな」

あまりに露骨に話を逸らされたことに彼は釈然としないようだったが、しばらく俺を眺めたあとで食材を手渡してくれた。
‥手渡されたもののなかに、わかめでないものが混じっている。
これは――蛸の触手――？

「迷子になってたとき、っていうとアレだけどよ。‥折角手に入れた食材だしな。こいつで精でもつけようや」

やたらと肉厚な触手だ。
採取元の大きさについてはあんまり考えたくないな‥。

「‥ああ、任せてもらうよ」

出自が‥毛髪の代わりよろしく生えていた、というのは些か気にはなるけれども、それでも見目も味も一応は普通の海藻のようだった。
これだけの量があるのであれば、スープの類とサラダ、和え物くらいは拵えられるだろう。

精をつける、か。
休養もそうだけれど、確かに真っ当な食事も最近はきちんととっていなかったな。

記憶が正しければ、真っ当なものは碌に。