ENo.1966 シンシア・S・ガードナー

あげはがクッキーの作り方を教えてほしいと言ってきた。
野営の訓練も兼ねて、街から若干離れた場所に陣取って作る事にした。
材料はあり合わせだ。そもそもフリストの街は人が少ない。
まあ最低限の素材は手に入ったからよしとしよう……

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「よし、思ったより形になったな。環境を考えれば上出来だろう」

形が悪いものを選んで半分に割り、口に運んで言う。
何割かは若干焦げてしまっているが、しっかりクッキーらしい見た目で素朴な味わいのものができた。

「……なんとか形になってよかったです」

焦げつきの若干ひどいものを口に含んで、眉を顰めるあげは。

「お菓子作りって思ったより難しいですね」

「糖分は焦げやすいからな。私も最初はよく焦がしたものだ」

「最初は、その……ごめんなさい」

苦そうな顔でクッキーを頬張りながら謝る。

「でも、シンシアさんのお陰でちゃんと作れるようになりました。ご指導有難うございます、先生」

が、すぐに楽しそうに笑う。
先生、か。そう呼ばれるのは初めてかもしれない。

「いや、飲み込みは早いと思うぞ。素敵な生徒だ」

生徒、と言っていて自分で若干恥ずかしい。つい頬が緩む。
実際、あげはの飲み込みはとても早かった。やはり要領がいい。
最初のいくつかは焦がしてしまったものの対応も早く、全く食べられない物体になる前に取り出すことができた。

「さて、食べられないほど焦げてはいないし……この場で食べてしまおうか」

「そうですね……でも、やっぱり苦いです」

「ほら、余ったミルク」

「あ、ありがとうございます」

焦げの苦さで涙目になるあげはに、余った材料のミルクを注いで渡す。
金属製のマグカップは直接の加熱にも耐えうるので便利なものだ。
苦味といえば、この世界において合成で作れるものには珈琲豆もあるのだったか。
『食材』として分類されていないという話だが、たまには飲みたいものだ……

「……喜んでもらえるかな」

あげはは焦げたクッキーを一つ食べ終え、一息ついてぽつりと呟く。

「心を込めて作ったものを喜ばないことは……まあないでもないがそうそうないさ」

「そう、ですよね」

ちょっとはにかむように微笑んで、

「ん、喜んでくれるといいなぁ」

こういうところを見ると、本当に年頃の少女でしかない。

「そうだ。シンシアさんは誰かにあげないんですか？
　……あ、でもホワイトデーだと普通はもらう側でしたね」

「あまり余裕もないしな。この世界でもなければ沢山作って配りたいのだが……」

思い出したように言ってくるあげはにそう返すと、困ったような顔ををされた。

「えっと、そうじゃなくて……うーん」

ちょっと首をかしげて悩み、

「その、好きな人とか、付き合ってた人とかって居なかったんですか？」..

「あー……公務に忙しくてな。そういう話には縁遠いんだ」

……そういう意味か。そういえば私ももう27か……
本当にそういう話は……なかったとは言わないが、親が過保護なのだ。

「公務……えっと、シンシアさんは軍人さんでしたっけ」

「ああ。私の部隊は『守り』に関わる部分を担当していてな」

「守り、ですか？」

「集団戦なら前線で相手の勢いを殺す役割だったり、少人数なら要人の警護や今のような盾役だったりだな」

「……一番危険な場所ですね」

「故に、重要な部分だ。……剣を信頼しているからこそ安心してできる役割だな」

「剣…………私達だと、三郎さんのようなポジションでしょうか」

「二人とも、だ。……信頼しているぞ？」

「あぅ……頑張ります」

少し顔を俯けるあげは。やはり自信が足りないか。
あげはの実力はここ数日で目覚しい伸びを見せているのだが、
やはり出会った当初の調子が出ていない頃の記憶が足を引っ張っているのだろうか。
これから実績を重ねていければいいのだが……

「……でも、もったいないですね」

「何がだ？」

「だって、シンシアさん美人ですから。きっとモテただろうなぁって思って」

「ああ、貴族の男共から言い寄られたことは何度かあったな……結局は諦めたようだが」

親がうるさくてな、と付け加える。
ああ、本当に。言い寄ってきた男達が皆軟弱だったのは違いないが。
……あの『剣』は今どうしているだろうか。
元の世界では時間が進んでいない、などという童話のような話もありえなくは無いが。

「そうだったんですかぁ」

ちょっと羨ましそうに言われる。
……が、すぐに何か不満そうな顔になった。

「うーん……そうだ。シンシアさんも誰かに渡しましょう！少し余計に作ってますし、折角ですから」

「……むぅ。誰に渡したものか」

悩む。
私はこの世界において他者との交流はほとんど無い。
今の状況で渡すとなれば三郎あたりだろうか？
しかし、あげはが求めているのとはまた違うだろうし……

「誰でもいいと思いますよ。やっぱり好きな人とか、気になる人に渡すのが一番おもし……もとい、一番素敵だと思いますけど」

「仲のいい友達とか、お世話になった人に渡すのも良いと思います。……私も、そうですし」

ちょっと顔を赤くするあげは。

「……そうだな。私は……」