ENo.928 蒼月樟葉

TURN-13

「街だ！買い物だ！行ってくる！！」

「何を急いでるんで？」

「知るか」

フリストから数日、今までの行程に比べれば幾分も楽だった道を辿り着いた街―――ドネスク。
砂地に囲まれ、街自体もその大部分が砂に侵食され荒れ果てた街だ。
略奪か襲撃か、最早残されたモノも少ないのか近辺に生息する獣達も弱く、ゴミを漁る如く街の外を彷徨っている。

「っと、材料の前に」

崩れかけた廃屋の前で歩みを止め、ブルームーンも又ゴミを漁る。

「あったあった」

手にしたのは片手に収まるサイズの空瓶、それをぐるりと回しながら確かめる。

「うん、細かい傷はあるけど大丈夫そう、後は……」

空瓶を腹部についたポケットに押し込み更に幾つかの使用に堪える道具を拾い集める。
まるで何処に何が埋っているのかわかっているかのようにその発掘作業は的確だった。

「さてと、じゃあ買い物……っても無料配布のアレだけどね」

そうぼやいて食べられるかもしれぬ野菜と果物をまた漁りに行く。
タルタスやフリストで手に入れた量よりも多く。

数刻後、ブルームーンはドネストの端に居た。

「さてと、じゃあ先ずはカマド……」

デュエルディスクを展開し、デッキからカードを一枚引いてそれを掛け声と共にセットする。

「グレムリン！」

かすかな光と共に小さな餓鬼のようなグレムリンが現れる。
その姿は以前召喚した時よりも―――。

「……？
　なんか前よりキモくなってない？」

グレムリンに向かって問いかけるように首をかしげるブルームーン。
だがその問いかけには同じく小さく首をかしげるだけのグレムリン。

「まぁいいや、ぴっとふぉーるで穴作ってよ。」

ブルームーンがそう指示するとグレムリンは理解したのか目の前に両手をかざしてから勢いよく振り上げる。
砂に埋もれた地面が少しばかりへこむと同時に、盛大にそこにあった砂が舞い上がる。
当然その砂はブルームーンに降りかかる。

「……私の足元に作らなかっただけ良いわ、ありがとう。」

そういってデュエルディスクにセットしたカードを外す。
するとグレムリンは徐々に透明になり消えた。
ブルームーンはそれを確認した後、穴に細かな廃材を敷き、
その上に更に所々錆の浮いた細い鉄の棒を数本かけた。

「んじゃ次は……っと、ミニドラ！」

グレムリンの時と同様にカードをセットすると今度は小さなトカゲに似たモンスターが召喚された。

「……オマエは変わってないな？」

その姿を確認しかすかに疑問を抱く、が今はそれを気にする状態ではないのだろうかそれ以上考える事を止めたようだ。

「ミニドラ、ティンダーでそこに火を点けて。」

指示を受けるとミニドラは鳴き声を一つあげて了解の意を示し、穴の中の廃材に向け火を吐いた。
一度ではつかず、二度、三度と繰り返し漸く火が点る。

「おっけー、おつかれ、でも火消えるかもしれないからオマエはそこで待機しててね。」

火の勢いが増していくのに合わせる様に徐々に大きめの廃材を投入していく。
火力が安定してきたのを見計らい、鉄の棒でつくった網の上に欠けた鍋を置き火にかける。
その鍋の中には食べられるか怪しい果物の無事と思われる部分を抜き出したモノが詰められていた。

「砂糖が無いのがちょっとあれかなぁ、まぁ健康志向的なね？」

言い訳の様にミニドラにそう語りかける、ミニドラは何の話かわからぬのか小さく首を傾げた。
もう一つ鍋を置く、こちらには水が入っている様だ。
ポケットの中から空瓶とその蓋を取り出し、服で内側まで綺麗に磨く。
磨いた瓶と蓋をゆっくりと水の入った鍋に入れた。

「後は焦げないように混ぜとくだけっと。」

少しするとブルームーンが鍋から目を逸らさずに、質問に答えるかのように喋る。

「料理のスキル上げ？」

「まぁ肉も食べたいしね。」

果物屑の入った鍋を硬い野菜の茎で混ぜながら居心地の悪そうな顔をする。

「……興味あるの？」

その言葉をきっかけに再度一人だけの会話が始まる。

「そういえば昨日チョコ作ったとか言ってたもんね。」

「まぁ私は基本自炊だったし、お店でバイトしてた事もあるしね。」

「でも料理とお菓子作りは分野が違うんだってimitationが言ってたよ。」

「うん、料理は元々やってたけど、お菓子はimitationに習ったんだけど。」

「だからメリアもお菓子作りに興味あるならimitationか、私よりも得意な人はそっちに居るだろうからそう言う人に生で教えて貰えば？」

「えー、別に良いと思うけどなぁ、女の子らしくってさ。」

「そんなにかわいいのに勿体無い、つってもメリアは別に恋だの愛だのなんてのとは縁が遠いか。」

「imitation大好きだもんねー。」

「お、おう……。」

「まぁ今やってるのはジャムだし、ぶっちゃけお菓子作りって程色々面倒な事は無いんだけどね。
　果物だろうがなんだろうかつっこんで砂糖入れて煮詰めるだけだし。」

「本当は砂糖とかも欲しいんだけどねー、まぁ仕方ない。」

「私が元々召喚魔法使えりゃ違ったんだろうけどね。」

そうして独り言の会話をしていると瓶とその蓋を入れた鍋が沸騰し始める。

「こっちは後五分ぐらいかな。」

「そそ、まぁ一応ね。」

ジャムを作っている鍋を混ぜていた野菜の茎の強度が大分落ちてくる。
完全にへたれる前に交換がてらそれを口に放り込み咀嚼するブルームーン。
味見の意もあるのだろうか。

「んー、やっぱ砂糖無いとあんまり甘くないね。
　ま、ちょっと煮詰める時間増やせばどうにかなるかな……。」

「代用品ー？　あるっちゃあるけど……。」

「……私の体液。」

数秒の間が開く。

「入れないよ！
　そりゃ何処かの国の際物お菓子には自分の毛を燃やした炭を入れるとか！
　ラブジュースを数滴入れるとか！そういうのもあるけど！
　私はそんな変態じゃないもん！！」

「ま、まぁ唾液ぐらいならありかなってちょっと思ったけど。」

「う、うるせー！話振ったのそっちだろー！」

水の入った鍋が大きく音を立てる。

「っとと、もう良いかな。」

そういうとブルームーンは熱せられた鍋をそのまま素手で掴み火から下ろす。
掴んだ手からは肉が焼ける音がする。

「んー？　そりゃ熱いよ、やけどしてるし。」

痛みを感じていないかの様に表情を変えず、更に熱湯の中にそのまま手を入れ瓶と蓋を取り出す。
片手でそれらを持ったあと鍋を傾け熱湯を捨て空となった鍋の中に瓶と蓋を戻す。

「ついでに手も殺菌できて良いんじゃない？」

手についた水分を服で拭いながら笑ってそう言う。

「それに何かするには痛みが伴うモノだって良く言うしね。」

「いやいや、別に痛いのが好きじゃないよ、ドＭじゃないよ。」

「まぁー、痛いのは好きじゃないけど、痛いって感じるのは嫌いじゃないよ。」

「だから違うって！
　ただ私の体質じゃ生きてるか死んでるかって自覚し辛くてさ、
　痛いーって感じるてる間は生きてるんだなぁって思えるから。」

「うん、生きてるって事は痛いって事なんだよ。
　少なくとも私にとってはね。」

突然デッキの一番上のカードが光る。

「おわっ！何！？びっくりした！」

「あ、あぁ、料理スキル上がって新しいカードが出来たのね？」

「んじゃ引いてみますか……ドロー！」

デッキから新たに一枚のカードを引く。
カード名は「Starch syrup」。

「すたーちしろっぷ？　しろっぷって事はもしかして甘いの？」

「ははぁーん、水飴ね、なるほど、粘り気があってべたべたして邪魔そうだな……。」

そのカードをしまおうとして動きが止まる。

「うん？水飴？って事はジャムに使えるじゃん！」

ブルームーンはStarch syrupのカードをセットする。
Starch syrupはその名前を変えていく―――。
びしゃり。
少し離れた場所に大量の液体が放り出された。
魔符「飴々降々」。

「……あめあめふれふれ。」

「もうちょっとマシなカード名無かったの？」

そう言って砂の上に落ちた水飴の無事な部分を指で掬って舐める。

「うん、まぁ味は悪く無いね、じゃあこれ使おう。」

ブルームーンが舐めて無事なのを確認したのかそれまで待機していたミニドラが飴を舐め始める。
ブルームーンは砂のついていない部分を少し摘んでジャムの中に入れ混ぜ、味見する。

「少しはマシになったかな。
　いやー役に立ったね。」

「デュエルで使うかどうかは……ちょっとわからない……。」

「取り合えず火から下ろして少し冷ましてから瓶に入れよっか。」

そうして再度熱せられた鍋を素手で掴もうとするブルームーン。
が、誰かにそれを止められたかのように掴む手前で動きを止める。

「あぁ、そうか、火消せば良いね、そらそうだわ。」

穴の中に足元の砂を舞い上がらせないように慎重にかぶせ火を消す。

「これで良し。」