ENo.150 ダーク＝ブラッドペイン

『ダーク＝ブラッドペインの表裏』

　ミラージュの日付『PC2268.07.14』。次元、世界不明――

　もう一度会えるのならば、あの少女に会いたかった。
　彼女と同じミラージュ人の彼に出会った時、その思いは一層強まった。

　子供の頃の無邪気で無責任な発言を撤回するつもりはないし、叶えたいと
願って……ほんの少し、それもいいかなと思っているが……いるわけじゃない。
ただ一言謝りたいことがある。

　彼女がそのことを覚えていないのなら、今が幸せであるなら、それでいい。
　俺は何も伝えることはない。

　しかし、彼によると彼女は既に病で亡くなったと言うのだ。
　もう二度と会えないのならば、仕方がない。俺は諦めるつもりでいた。
　が、意外な所から意外な情報を得て、彼が嘘を吐いている疑惑が浮かび上がった。

　エクスはじっとロボットのデフォルメの縫いぐるみを見て、目を光らせた。
返答に少々の間が合ったのは、合致する機体を検索していたのだろうか。
「おぉ。この特徴的な翼とマークは確かに。該当する機体はユニシグネードが
2255年に開発した『セラリエール』だ」
　エクスのアンテナがしなって揺れた。人間に例えれば癖のようなものらしい。
「2255年……ね。確か……ミラージュは現在、2268年だったか」
「2268年だな。それがどうしたんだ？」
　エクスは首を傾げた。
「俺と彼女の時間的に間違いはないんだ。セラリエールが主力とされていた時期に
俺と彼女は会っている」
「ふむ？」
「が、クルゥの言っていたロボットが主役のギャグアニメはなかった。
俺と彼女が会えなくなってから……数年後だ。ミラージュのお茶の間にロボットが
主役のギャグアニメが出たのはね」
　ロボットの縫いぐるみを抱く少女の画像。画像を見た彼の表情が、
驚愕したように見えたのは気のせいかと思っていた。しかし、意外な所から
情報を得て、それが気のせいではなかったと確信したのだった。
「あいつ……この画像を見て懐かしいと言ったんだ。アニメ云々は咄嗟に出た
嘘だろう」
　過去を懐かしむように嘘を吐いたのは、本当に懐かしかったのだろう。
「本当はこの画像の少女……アンクルゥド＝ブラッドのことを知っているんだろう？
セラリエール開発に関わっていたブラッド博士の娘を」
　エクスは微動だにせず、何も答えなかった。

　暫くの沈黙の後、エクスは溜息を吐いた。
「……はぁ、マスターは隠し通すつもりだったが、知ってしまったか」
「ブラッド博士の娘ということは、あいつも知っていたんだな。
知っていて、知らないふりをしたのか」
「……仕方がない。マスターには悪いが、正直に話そう。自力で調べられたんじゃ、
真実が明らかになるのも時間の問題だからな」
　エクスは首を振った。
「最初に言っておくが、マスターも悪気があって隠そうとしたんじゃない。
レイガ、友人としてお前を思いやってのことだ」
「俺を？」
「ショックを受けるだろうってな。マスターは真実を告げないことにしたんだ」
「……真実？」
「お前が会いたがっているアンクルゥド＝ブラッドに関することだよ」
　と、携帯端末を指さした。携帯端末の上で少女の画像が揺れている。
「彼女は生きているさ。元気にぶっ飛ばしているよ」
「……は？」
　エクスは両腕を組み、空を見上げる。
「オレも話したくはないんだけどさ。未だに彼女を思っているんだったら諦めろ。
何せ手の届きそうで届かない、厄介な存在だからなぁ」
「へ？　いや、俺は別に……想っているとか、そんなんじゃなくてな……」
　エクスは頭を振る。
「うんうん。言わなくてもいい。判っている。未だに彼女が忘れられないんだな。
ロマンスが好きだとは意外だったが」
「いやいや、全然、ロマンスは好きじゃないな」
「またまた、そんなこと言って」
　エクスは掌を俺に向けた。掌の上で空間が揺らめき、立体画像が浮かび上がった。
その画像に俺の目は釘付けとなった。息を飲む。
　華奢ながらも、露出の高いドレスに身を包んだ女性だった。胸元が大きく開いた
深紅のロングドレス。スリットからは大胆に太股が覗いている。
「この女は？」
　長い黒髪を束ねて右肩に垂らし、右目は黒髪で隠れているが、眼帯をしているらしい。
残された左の紅い瞳は眼光鋭くこちらを睨み付けている。
　特徴のある尖った耳と紅い瞳は彼女がミラージュ人だと示していた。
「……胸ばかりじっと見てるんじゃない。変態。もしや……ストライクだったか？」
　エクスの言葉に親指を立ててみせる。
「悪いかよ。俺は大きいのが好きなんだ。けど、性格はキツそうな姉ちゃんだな」
「そりゃそうだろ。彼女は宇宙を流離う海賊……宇宙の賊なんだからな。
屈強の男達を束ねる女の頭だ」
　俺好みではあるが、冷酷な瞳は友好的な人物と言い難い。お近づきになるのは
無理だろう。その赤いハイヒールで蹴られるか、手にした扇子で叩かれそうだ。
「で、このミラージュ人の女がどうかしたのか？」
「この女性こそ、お前が想っている少女の現在だぞ」
「……は？」
　エクスの言葉が直ぐに理解出来なかった。少女と映像の女が結びつかないのだ。
しかし、エクスは衝撃的な言葉を続けた。
「認めたくないだろうが、彼女がお探しのアンクルゥド＝ブラッドだ。
宇宙賊『クレイジーショコラ』の首領、アンクルゥド＝ブラッドさ」
「……何だって？　彼女が……首領だと？」
「だから、マスターはレイガに本当のことを話したくなかったのさ。自分の好きな
女の子が宇宙を荒らし回ってるなんてね。諦めろ。この恋はどう足掻いたって
叶わんよ」
　アンクルゥドのことをアンクと呼んでいた。
　内気で大人しい少女だった。女の子でありながら、ロボットや機械が大好きと少々
風変わりなところもあったが、動物や花も愛する心優しい子だったのだ。
　アンクとの大切な想い出が一気に崩壊していく。
「こんなデータもくれたのでな。ついでに証拠のニュース映像も見せてやろう」
　画像は映像に代わり、深紅のロングドレスを纏った女性が数人の男達を引き連れて
宝石店を荒らしていた。
「嘘だろ？　彼女が……そんな……」
「信じられないのも判るが、これは本当さ」
「…………」
　言葉を失った。映像の中の女が雄々しく駆る深紅の機体は思い出を粉砕し、
深紅の戦艦が淡い思いを塵へと変えていく。記憶の中の少女の面影は微塵もない。
嘘だと叫びたかった。

　深紅の人型の機体……ロボット。閃きがあった。
「……いや。まだだ」
　俺はエクスの両肩に手を置く。
「ん？」
「諦めるのは早い。アンクが悪に堕ちたのならば、俺達が救うまでだ」
「え？　オレ達？」
「そうだ。俺にはエクスがいる。彼女に会うためにお前の力を貸してくれ」
「ちょ……ちょっと待て！　それはマスターの思わ……いや、オレはお前の個人的な
理由のために戦いに来たんじゃないんだぞ！　元はアースの一時的な危機が……！」
「お前に使命があるのは知ってる。けど、俺はどうしても彼女に会いたいんだ。
それに、彼女はあんな子じゃなかった。彼女を更生させてやりたい」
「いや、それ以前に戦力的に問題だろう。オレ一人で奴等と戦えと言うのか？
無謀すぎる。冷静になって考えろ」
「無謀？　今更何を言い出すんだ。無謀な賭けはいつものことだろ。
アンクが悪なら、俺も悪だ。悪には悪をもって……あぁ、エクスは正義だったな。
悪は正義で制してやるものだろうっ！」
「うわぁ、盲目的になってるな。論理も何もねぇ」