ENo.122 ルーノフューム

セロの記憶

オルゼの街は夜でも活気が溢れている。
元より人口の多い街ではあったのだが異変で一時期は寂れていた。
それが救援要請により冒険者が増えたことでかつての賑わいが戻ったのだ。

そんな街中でも大通りを外れると少しは静かだ。
特にこの辺りは表の華やかな商店街とは趣を異にする。
ここは商品ではなく原料やそれを加工する道具を扱っている職人御用達の通りである。
それ故に夜はもう店仕舞するところが多く人気は少ない。

一軒だけ、職人たちのための小さな食堂があった。
その食堂の薄暗い隅に妙な二人連れの客が陣取っている。
大半の客は早めの食事と寝る前の一杯を済ませて家路についているので店内は静かだ。

「へぇ、悪魔ねぇ…確かにちょっと興味はあるな」

緑色の髪が特徴的な男は相手にそう言った。
傍らに置かれた背嚢ははち切れんばかりに膨らんでいる。
男もこの界隈に出入りする職人か商人なのだろう。

「では契約成立だ。話しを聞かせてもらおう」

そう答えたのは夜の街には似合わない少年である。
しかし黒い髪の合間から突き出している大きな角がただの人間でないことを表している。
口振りや服装も落ち着いており何となくこの場の雰囲気に馴染んでいる。

「と言っても、結構長いぜ？」

男は相手の不似合いな言葉にも構わず続ける。
どうやら彼もただの若い男ではないようだ。

「………問題ない」

少年は静かに言うと、その金色の瞳を相手の緑の目に合わせた。

　※※※

セロは古代エルフ種という種族である。
大木から生まれた樹木の精霊だ。
彼らは親である大木と生命を共にするためその寿命は長い。
そのため彼らは優れた技術を持ち他の世界に渡る術を身に付けた。

セロもそうやって何百年という長い間に様々な世界を旅してきた。
例えば生き物が暮らすには厳しい砂漠の世界に行った。
また人々が光を知らずに生きている夜の世界があった。
分割世界は実に多種多様であり、セルフォリーフもその中のひとつだ。

世界を渡り歩いているセロにとってセルフォリーフは平和な部類の場所だった。
少なくとも以前に訪れた時は、ごく普通の豊かな世界だと思っていた。
それが救難を求めていると知って再訪してみるとその認識は改められた。
動植物の異常成長はこれまで行ったどの世界でも見られないものだ。
また明からな異常の影に細かい異常も多く見られる。
植物の分布や開花時期などが以前と少しずつ変わっている。
エルフであるセロにとっては植物の異変は特に目に付いた。
しかしこれが更なる異変の進行過程なのか、または別の異変なのかはまだわからない。

更にセロが気になったのは他の世界への救援ということだ。
危機を抱えた世界は今までにいくつか見ているが、他の世界へ助けを求めるという話しは初めて聞いた。
そのせいかセルフォリーフには数々の世界から探索者が集まることとなった。
中には多くの世界を見ているセロですら知らない種族もいる。
このこと自体も何らかの異変なのではないか、そういう感じさえした。

　※※※

「なるほどね、面白い力だ」

セロは一瞬のうちに自分の知る分割世界に関する記憶を思い出していた。
目の前の少年は自身を悪魔だと名乗っていたから、その能力だろう。
セロの知る世界の情報と引き換えに魔法のことなどを少し教えてもらうという取引だ。
古代エルフ種として多くの経験を積むために、また生業としている武器商人として商売の役に立てるためにも未知の知識には貪欲である。

「確かに貰った。ではこちらも契約を果たそう」

少年は間髪入れずに答えると、懐から羊皮紙の束を取り出した。
魔方陣や古代文字など魔法の技術がいくつか書かれているらしい。
これで速やかに取引は完了、ということだ。
………しかし。

「おいおい、これで終わりかい…折角時間をとってあるんだぜ？」

こうも簡単に終わるとは思わなかったセロは少し不満そうだった。
もっと長い話しをするつもりだったので拍子抜けしてしまったのだ。
それに、セロは訪れた世界で色々な相手と話しをするのが好きなのである。

「あれだけじゃわからないこともあるだろう。それにルーノの話しも少しは聞きたいしな。
　まぁもう少しだけ付き合ってよ…年寄りの昔話は聞くもんだ」

半ば強引に決めるとセロは話し始めた。
少年もそれを無理に拒むつもりはないらしい。
感情のわからない表情だがそれでもセロの話しを大人しく聞いている。

「そうだな、砂漠の世界の話しだが、あそこには我侭な王様がいたんだ………」

長命のセロにとって話しの種はいくらでもある。
どうやら、長い夜になりそうだ。

Link：ENo.449 セロ・ルィエ・スクラウル